第129話 Transparent Dark5

 お外の事情はよく分からない。恐らくアイナも把握出来ていない。


「君達はどう予定を立てていた? 君らが残って、救援艦隊は帰還したんだよな」


 何気ない問いかけだった。だがそれにより、終始無表情だったアイナの顔が歪んだ。


「はい、しかし二千年経ちました。もう連絡が届いておかしくないはずです。しかし来ません」


 察するものはあった。千九百年続いた平穏が軋み始めている。


「奴隷船はどこから来ている」

「ご存じなのですね」

「まあな。理由はそれか、二千年は長過ぎた」

「そうなります。もっと早く交流を始め、情報を開示し、国民のみならず世界のあるべき姿を定めねばなりません」


 その言葉に充希が微笑みを浮かべた。いや、これは冷笑だ。アイナはその充希に視線を向ける。


「人口の爆発は避けねばなりません。均衡を保つため致し方なかったのです」


 世代交代か。寿命のそれも医学的には延ばせた。問題は資源と土地、経済的構造にも限界はある。

 充希は笑顔で頷き、再び続きを促すようこちらに視線を送る。


「一体なにが起きてる? なんとなく分かるが、不満を持つ者が出てきたな。抑えきれないのか?」

「国樹さん、ひとつお願いがあります」

「あん?」

「我々に手を貸していただけませんか?」


 アイナの相貌そうぼうは、もう不気味の谷を感じさせなかった。悩みを抱える銀髪の女性。ただそう思わせるほど自然と受け入れられた。


「超高度AIが俺に? なにを?」

「この混乱を収拾せねばなりません」

「それは君らの仕事だろう?」


 国樹は鼻で哂い、明確に線引きしてみせた。困っているのはそっちでこちらではないと。しかし、アイナは至って真剣な顔つきで続けた。


「国樹さん、外務調査官の任を受けていただけないでしょうか?」

「ん……それって外交官のことか?」


 外務なのだからそう思えるが、話が見えない。顔に出すとグーシーが素早く書き記した。


『少し違う。民間に委託されることもある役割だ。専門的な知識を持つ者が担当する』


 なるほど、なんの専門だよ。殺戮か? 大して殺してないぞ。自慢出来ることと言えば、旅慣れてることぐらいだ。嘲りを込め、


「なんだつまらん。外務大臣ならやってもいいぜ」


 話を混ぜっ返したが、アイナは動じず姿勢を崩さない。


「それは組閣となり、任命する者が必要となります。選挙を経ねば出来ません」

「やりゃいい。お前が総理やれよ、今と変わらない。誘導すれば楽勝だろ」

「本格的なアナログハックは固く禁じられています。それに勝てるとは限りません」

「そんなに選挙が嫌か」

「そういうわけではありません。しかし制度を説明し広めるのに時間がかかり過ぎます」


 選挙制度ぐらいみんな知ってる。とことん興味がないだけだ。実際やれば酷い投票率になるだろう。このままでいい、みんなそう思ってる。本当にうまくやったものだ。

 だが真に受けたのか、アイナは本気で考え込んでいた。

 困った素振りはまさしく女性のそれだった。軽いアナログハックなら構わないと証明しているように見えるが、どういうつもりだ。

 悩んだ末、アイナはひとつの結論を出した。


「事務次官ではいかがでしょう」

「それ事務方のトップだよな? 正気か? 俺をこき使ってなにするつもりだ」

「我々はあなたを必要としています」

「我々の定義を言えよ。俺はお前しか知らない。まさかスパイダーか? 多脚型戦車が俺に外交官をやれと?」


 超高度AIだけではあるまい。他にもいるはずだ。全貌は未だはっきりしていないのだ。首都圏広域を封鎖した理由も、こいつは話していない。

 疑念に満ちた目を向けると、涼やかな目がこちらを捉えていた。


「久野です」


 ん?


「久野正卓まさたく。彼もそれを望んでいます」

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