第128話 Transparent Dark4

 まるで地球が書き換えられたよう、変わってしまったということか。そんなこと可能なのか?


「ではなぜこんな世界にした。彼らはこの時代を知らないはずだ。歴史は知識として残っていたのか?」

「我々が提案し、彼らが受け入れた結果です。我々と同レベルの発展を、我々は望まなかった。また彼らは自己の安全を求めこそすれ、文明の発展はおろか、それそのものにすらあまり興味がない」


 文明に興味がない、発展を求めない。事実なら、薄気味悪さはともかくこの世界の説明はつく。


「なぜこの時代、いや今はいつだ? 西暦で換算するといつになる」

「西暦で表すなら6000年、正確には6020年になります」


 3000年に外宇宙から救援帰還の決定、千年かけて戻り戦争が起きた。


「二千年もこんな世界を維持していたのか」

「はい。正確には千九百年。この世界を構築するのに百年の時を費やしました」

「なぜこの時代にした。これ日本なら昭和から令和辺りだろう。なんでだ?」

「技術的発展や盛んな人的交流は争いの火種になりかねません。誤解を生む元にもなります。

 他方中世は人が生きるのには向かず、辛い時代に過ぎます。最もバランスの取れた時代は西暦2000年前後であると判断しました」


 都合のいい時代ということか。


「なにも再現することはないだろう」

「元々の住人である人類が戻った時、我々は協力を仰がねばなりません。外交的戦略とお考え下さい」

「媚びてるわけだ」

「利用です。文明を利用したまでのこと」


 どこまでも都合のいい話だ。


「お怒りは理解出来ます。しかし彼らもそれを望んだ。文明とやらを享受したい、そう言いました」

「彼ら彼らって、誰が代表者だ。破壊神の群れか。それとも都合よく誘導した人類の権力者か」


 怒気を込めると、


「どちらもです。全ての人間に受け入れられたわけではありません。ですが、関わりない人々はもう世代が替わっています」


 関りのない人間がどこにいる。世代交代の間になにをした。

 だが定着して二千年弱、記録はろくに残っていないがうまくやったのは認めるしかない。

 そして、これなら大方の説明はつく。


 平穏で変わりない日常が続く世界。

 それは新たな人類がそういう存在だから。

 共通語は不必要な摩擦を生み出さぬための道具。

 空と民主主義は、もうなんとなく分かる。


「共通語はどうやって創った」

「我々が外宇宙で使用していたものを流用しました。我々との繋がりを明確にする意味合いも持ちます」

「民主主義にしない理由は。無責任過ぎるだろ。これじゃAIによる独裁だ。決定権を放棄した人間が信頼や尊敬を得られると思うか?」

「民主主義については説明しました。ですが彼らはそれを望まなかった」

「うまくやり過ぎたということか」

「それもあるかもしれません。ですが我々は独裁者ではありません。生殺与奪権を持たない」


 破壊神の群れ、圧倒的力に庇護された人類。

 統治はAIに任せ、揺らぎない平穏を享受し続ける。

 たとえそれが接点のない文明を模倣したものであったとしても。

 俺もまたその一員である、ということか。

 以前の地球人類はもう外宇宙に出て、地球圏に戻って来ない。

 我々は終わりない揺りかごで生きる見捨てられた存在。


「諸外国は、他も同じなのか」


 聞かずとも分かる。それでも聞かずにはいられなかった。


「はい」


 そうだな、俺が見てきた世界はどこまでも平穏だった。平和とはこういうことを言うのだろう。創られた平和でも、一個の人間としては喜ばしい。

 誘導されたわけではない。説明を受けることは俺自身が望んだ。

 よく出来たディストピアには理由があった。

 この理想郷は、地球に帰還する勢力と諍いを起こさぬための体裁なのだ。

 床になにかが当たる音が聴こえた。ボードを出したのは当然グーシーだ。


『事情は理解した。そちらの所属と経緯を説明願いたい。君達はいつ、この地球を飛び立った』

「我々はTPD第二世代。TPDプランは第一次から第三次まで実行され、2500年に地球圏を出た勢力にあたります」


 ヨシカは2145年生まれ。グーシーは恐らくそれ以降、充希は不明だがもっと後だろう。


「プロキシマ・ケンタウリを目指した一団は、俗にケンタウリ惑星調査艦隊と呼ばれていました。構成は日本を中心とした同盟各国からなります」


 どこだよその惑星。


『地球から最も近い恒星のひとつだ。ケンタウルス座アルファ星系と言えば分かるだろうか』


 グーシーが説明してくれたが、苦笑して首を振る。


「いや全然。星空に興味持つほどロマンチストじゃない」

『そうか。しかし多賀朗、君の言っていたことは事実だった』


 そうしてグーシーは「TPD」と記した。ティーピィー……なにかの頭文字、ああそういうことか。


「トランスペアレントダーク、ね」

『そうらしい』

「なるほどそりゃ確かに消えたわな。地球圏から太陽系のお外に出れば、消えたは不自然じゃない」

「トランスペアレントダーク計画以外にも外宇宙への進出は盛んでした。我々以外にも戻って来ておかしくはありません」


 だが二千年近く誰も戻っていない。そんな事情、俺に分かるわけもない。

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