第127話 Transparent Dark3

 一体今はいつなのだ。どうして共通語がある。なぜ民主主義ではない。なぜ空を飛べない。なぜここまで争いがなく平穏なのだ。

 次々と疑問は浮かぶが、対するアイナは淡々と歴史を語り始めた。


「人類が本格的に宇宙に進出したのは2200年頃です。それ以前にも人類は宇宙に進出しています。しかし人類が宇宙へと大量の移民を送り込むようになったのは、2200年以降です。

 活動領域を広げ、いずれ来る太陽系の終焉に備えたものと捉えて下さい」


 確かに、恒星には寿命がある。星空の輝きは永遠ではない。


「宇宙圏への本格的進出には複雑な意図と利権が絡み合います。複数の国家の参加により、この問題は解決されました。最初の遠征以降も継続され、西暦2500年代に二度目の遠征が実行されました。

 そして西暦3000年よりも前、三度目の遠征が始まった頃この地球で大規模な環境変化が起きました。我々は救援のため千年かけましたが、以降は先ほどお話しした通りです」


 少なくとも千年の空白期間がある。破壊神の群れはどこから来たのだ。


「わざわざ救援に来て返り討ちに遭ったのは理解した。話し合いの内容も分からなくはない。君らの準備不足、状況と戦力の誤解から偶然勝てたに過ぎない」

「はい。実情を率直に話し、彼らはそれを受け入れてくれた。彼らも敵意はなく、あくまで誤解により発生した戦闘であるという結論に達しました」


 充希がトンッと分厚い腿を指で叩いた。表情は変わらないが、異論があるのかもしれない。だがなにも言わず黙ったままだ。


「双方の合意により、統治の代行者として我々が残ることとなりました。

 私は日本国が作り出した人工知能の一形態、アイナレセプター搭載型統括AI。

 俗に超高度AIと呼ばれるものです。

 経歴から、統治統括AIとして日本国の代理執行者を拝任しております」


 超高度AI、にしては一連の対応はお粗末だ。統治にしたってどうも粗が目立つ。


「文明の程度からお前が仮の統治者を務めるのは分かる。だが破壊神の群れがそれを認めたのか? 事実上神々じゃないか」

「いえ、彼らはそれは求めません」

「なあ、宇宙空間で戦闘を行える怪物があえて君臨しないって、どういうことだよ。それ誰が納得するんだ」

「彼らはそれをどこまでも求めません。彼らは地球人類と同居はしても、共存しているとは必ずしも言えない。そもそも関りがないのです」


 人と関わらず下界を散策する神。なんか身近にそんな奴がいたような……。


「彼らも人類も、外宇宙の勢力について理解してくれました。我々、或いは我々以外の勢力が地球に帰還する可能性について話し合ったのです。

 彼らが求めるものはひとつ。その存在を認め、敵対する者ではないと理解してもらうことです。我々はともかく、他の勢力が地球圏の危機を知り戻って来た場合、同じことを繰り返さないために」


 意味は分かる。だがそうすると、そいつらは絶大な力を持つ穏やかな神のようなもの。話し合いに応じこの世界の有り様を定めた者、ということになる。

 そこから人間の顔は窺い知れない。


「彼らは長く、新たな人類と共にこの地球に存在しました。それは穏やかな共生関係と評してよいかもしれません。

 他方人類はそもそも穏やかであり、その穏やかさゆえ争いを好まず、異なる存在を受け入れることが出来ていた」


 アイナの目がこちらを捉える。心を見透かすよう、彼女は見ていた。


「争いを好まないこの新たな人類は、それゆえ想像力や冒険心に欠け、激しい競争も望まない。感情はあるが、欲望と呼べるものが見当たりません。欲求はあるが欲望とは言えない」

「アンドロイドみたいだな」

「ですが人間です。かつての人類からその凶暴性を抜き取ったかのように。あなたが見てきた世界もまた、そうであったはず」


 視線が絡み、国樹はそれに耐えられなかった。不気味の谷ではない、よくよく理解したからだ。

 端からこいつはそう言っていた。

 接点がない、遺伝子情報が異なる。

 新たな人類は、過去この地球上に存在した人類ではない。


「根拠は。お前らがそう判断した理由はなんだ」

「遺伝子情報が大きく異なります。そしてミトコンドリアが存在しません。今の地球に、ミトコンドリアを持つ生物はほとんど存在しません」

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