step15.ターニングポイント(5)

 でも、これでいいのだ。ゆっくり話をする機会を作らなければならなかったのだし。愛車に乗り込みアコからもらった缶コーヒーをドリンクホルダーに入れて由基はぼんやり考える。


 初夏にふたりで出かけたときには失敗だったが、今度こそアコとさよならできるように説得するのだ。今度はぐだぐだにならないよう体調をしっかり整え、もっとちゃんと理論武装して……。

 気がかりなのは、由基の理論の根底を打ち砕くことを少し前にアコが口にしたことだ。


 ――卒業まであと一年だよ。そんなのあっという間じゃん。

 身近に子どもがいないソロ中年だから失念していたことだ。子どもの成長はあっという間だということだ。学生なんかあっという間に卒業してしまう。

 他でもないアコ自身がチラつかせたことで大いに動揺した。堤防に小さく穴が穿たれたようなものだ。


 でも違う、と由基は自分に活を入れる。立場的な障害がなくなったところで琴美と付き合う気になれなかったように、違うのだ。アコと自分とでは恋愛観に相違がありすぎるのは見えているのだし、絶対に違う。

 考えることもないことだと由基は自分に言い聞かせた。





 前回と同じように行きたい場所の候補地をいくつも挙げてくるかと予想していたのに、アコはここ、とピンポイントでリクエストをしてきた。去年行ったショッピングモールと同じように駅前から無料シャトルバスが出ている文化複合施設で、美術館や文学館、庭園やレストランが敷地内に点在する観光スポットだ。

 アコが選ぶにしては文化的な場所な気がしたが、レストランはおしゃれで若い女性が好みそうだしスイーツも評判だ。可愛らしい雑貨ショップもあるようだし、お目当てはそれなのだと思った。


 アコはいつでもいいと言うから、由基の公休日の平日の午前中から出かけることにした。余裕を持って話ができるようにとの意図からだったが、アコは一日一緒だね、と無邪気に喜んだ。


 待ち合わせは午前十時、駅の北口ロータリー。通勤時に使っている駐車場は南口なのでいつもは立ち寄らない場所だ。シャトルバスがここから出発しているからで、アコがバスで行きたいというからそれに従ったのだ。

 マイカーでの移動が当たり前な社会人とは違い、高校生のアコは公共交通機関に頼るのが当然なのだと、以前にも思ったことをまた考える。


 平日の午前中のバスの座席はガラガラに空いていた。無理に並んで座ることもない気がして、通路を挟んで別々のシートに座った。大きな手提げ鞄を持っていたせいか、アコは離れて座ることに文句を言わなかった。

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