step15.ターニングポイント(4)
「アコちゃんてほんと大胆」
ほうっと溜息まじりにもらす琴美の前で三咲はけたけた笑った。
「若いからだよね。失敗したとしても痛手を負うのはおっさんだけ、若い方はノーダメージでいくらでもやりなおせるもん」
そうなのか。そうなのか?
琴美の退職の話をするため事務所に三人で集まったのだが用件は数分で終わってしまい、あとは由基がいじり倒されている状態だ。そんな中、琴美が改めてつぶやいた。
「結婚かあ。そっかあ。わたしも、今からでも立候補しようかなあ」
ちろっと上目遣いに視線を投げられ、不覚にも心臓が跳ね上がる。
「ことちゃんことちゃん。今のタイミングでそれは冗談にならないから」
「そうですね、ごめんなさい」
三咲に言われて琴美は素直に頭を下げた。冗談だったということだ。由基はなんともいえない気持ちで肩を下げる。翻弄されすぎて自分でもぐちゃぐちゃだ。そもそも、アコのあれだって冗談かもしれないのだし。
「わたしはともかく、アコちゃんは本気ですよ」
「だねえ。あの子はいつでも本音で本気だものねえ」
逃げ道を探していたのが見え見えだったのか、ばっさりと退路を断たれた。
「ちゃんと、応えてくださいね。じゃないとわたしも納得できません」
きりっと力強く琴美は由基を見据える。
「はい」
なんだか琴美の方が三咲よりも容赦がない。三咲はといえばにやにや笑いながら由基を見ている。態度は異なるふたりだが、すっきりと何かを片づけた後のような妙なさっぱり感を漂わせているのは同じだ。
自分もそうなりたいところなのだが。長机の上の書類を揃えながら由基は重くため息を落とした。
春一番が吹き荒れ、翌日の寒の戻りに首を竦ませながらの帰り道、アコはかいがいしく温かい缶コーヒーを用意して由基を待ち伏せしていた。
「寒いね、ヨッシー」
「また夜に出歩いて」
「でも、あったかいでしょ」
手のひらに収まった缶コーヒーは確かに温かい。
「早く帰りなさい」
「ヨッシーとデートの約束できたらね」
「…………」
隠しようもなくかすかに白い息と一緒にため息が出た。アコは平気な顔で由基の腕に抱き着こうとしている。手をあげてそれを避けながら、もう疲れたと思った。
「わかった」
「やった! いつ?」
「そうだな……」
「アコはもうすぐ春休みだから合わせられるし」
細かいことはラインで、とアコは目を輝かせながら飛び跳ねた。
「あは。すっごく楽しみ!」
制服のスカートの裾を翻し、由基に手を振ってあっという間に歩道を走り去った。
「…………」
とうとう根負けして約束してしまった。
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