step15.ターニングポイント(2)
「ヨッシー?」
「と、とにかく今は寒いから、この問題は家に持ち帰って対処するから」
「……」
アコは目を見開いてきゅっと口を閉じた。それから細く白い息を吐きだしながら小さな声で言い添えた。
「逃げてもいいけど、アコはどこまでも追いかけるからね」
今までとは少し違う、決意がみなぎる声の響きに怖くなる。ここで別れることが正解なのかワカラナイ。だが態勢を立て直す必要がある。
由基は挨拶もそこそこに踵を返してパーキングに向かい愛車に乗り込んだ。路上に出たとき、アコはいつものように歩道から由基のクルマを見送っていたが、手を振らずにじっと体の脇でこぶしを握っていたようだった。
寒々しいアパートの部屋に帰り、落ち着かない気持ちのままとりあえずシャワーを浴びた。熱いお湯に打たれてようやくフリーズしていた頭が回り始めた。
昼食の残りのコンビニおにぎりを鞄から引っ張り出し、カップラーメンにお湯を入れてからテレビをつけていつものニュース番組にチャンネルを合わせる。
暖房を入れたもののまだ室温が上がらない部屋の中でカップラーメンで暖を取っているうちに頭の中には「結婚」の二文字が浮かび上がる。
――今から付き合うなら結婚相手だなって思ってない?
つい先日、三咲とそんな話をしたばかりでもあるけれど、普段の由基はそこまで意識はしていない。これを意識したくないから恋愛についても考えたくないのが正直なところなのだから。
まだ新入社員だった若かりしころ、三咲と仲良くなったものの、彼女が有力フランチャイズオーナーの娘で入社したのは婿探しのためだ、などという噂を耳にして、面倒だなと思ってしまった。そんな気持ちが態度に出たから、彼女と疎遠になったのだと今なら自分の非を認める。
四歳年下の妹が結婚したときには、兄が先を越されるなんてと母親を始め親族の女性陣にさんざんネタにされて辟易し、おかげで実家から足が遠のいた。孫が生まれたとたん母親はそっちにかかりきりになり、遠方で暮らす息子のことなどほったらかしになったのだけれど。
なんてことはない、ある時期を過ぎると結婚結婚とやかましく言われることはなくなり、逆に触れてはいけない話題のように気を使われる。職場の女性陣も心得たもので、上司がソロで女気もなさそうだと察すると由基本人にその手の話題を振ることもない。
ときおり、本当にときおり、ほんの少し居心地の悪い思いをすることを除けば、まことに快適なシングルライフを送っているのである。
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