step5.ソイフレ(3)

 自分から電話をしておいてなんだが、言いたいことが浮かんでこず由基は黙った。「電話していい?」と尋ねたわりにアコもなかなか話を切り出さない。しばらく気まずい沈黙が満ちた後で、ふと思い出して由基は口を開いた。


「天使が通ったね」

『え?』

「って言うんだよね。急に会話が途切れてしんてなっちゃう瞬間のことを。えーと、今の状況のことをそう言いたいわけじゃないけど、こういう言葉があるよって」

『ヨッシーは物知りだね』

「フランスの言葉だからだよ。菓子作りの用語にはフランス語とドイツ語が多くて、研修のとき講師がマメ知識を披露したりするんだ」

『ふうん』

 アコがうなると、また沈黙がおりた。

『天使が通ったね』

 笑い混じりにアコが言って、由基は「そうそう」と相槌を打った。


『アコね、ヨッシーが言ってたこと、考えてみた。アコは考えるの遅いしバカだからよくわかんないけど、もっとちゃんとしなさいってことなのかなあって』

「うーん、そこまで偉そうなこと言うつもりはないけど。それにアコちゃんはバカではないと思うよ。俺のクルマのナンバーすぐ覚えたり、居場所にあたりをつけたり」

『ああいうときにはね、我ながらすごく頭が回るの。なんでだろ』

 恋愛脳おそるべし。


「能力は高いんだよ、それをさ、男のこととか恋愛のことだけじゃなく、もっと他のものに向けてみたら」

『他のこと……雑誌でメイクの勉強したり練習したりするのは好きだよ。かわいくなるのは好き。でもなあ、それもヨッシーにカワイイって思ってもらいたいからで……でも今はそれがアコのいちばんやりたいことだし。それっていけないことなの?』

「いやあ、どうだろう。俺にはそういうことはなんとも言えないけど、でも、俺の恋愛観から言わせてもらうと、アコちゃんは突っ走りすぎてて怖い」

『怖い……?』

「女子高生とかおっさんとか、世代の違いは関係なくて、アコちゃんと俺では恋愛に対する価値観が違ってて、俺はアコちゃんみたいに恋愛がすべてとは思ってはいない。恋愛がすべてって考えを否定するんじゃなくて、俺はそういうタイプじゃないってこと」


『それはヨッシーはお仕事のことだって考えなきゃなんだろうし』

「いや、そういう立場とかじゃないんだって。大人になって人から見れば立派な仕事をしているような奴だって頭の中では女にモテることしか考えてないような輩や、いつでもどこでも異性を物色してるような連中はいるにはいるよ。一生恋愛体質っていうか遊び人ていうか。でも俺はそうじゃない」

『うん。なるほど。タイプが違うってことだね』

「そうそう。だから俺は、アコちゃんが女子高生だからってだけではなく、愛情のない女性とそういうことしたりはできない」

 アコの猛攻に何度かくらりときた事実を隠して由基は言い切る。


『ヨッシーはアコのことが好きじゃないってことだね』

「うん。悪いけど」

『でも、アコはヨッシーのこと好きだから、ヨッシーにアコのことを好きになってもらいたいと思う。そのために頑張るのはダメなの?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る