step3.アプローチ(4)

 しどろもどろに釈明しようと試みたが、三咲は至ってクールで「そんなことより仕事の話」と言うので、由基はとりあえずスマートフォンを引っ込め急いで焼き肉弁当の残りをかき込んだ。解雇警告は冗談ということだろうか、にしては眼差しが氷点下だったが。


 三咲は由基の同期で年齢も同じ、なので異性ながらも社内でいちばん仲が良いといえる存在だ。それだけ由基に親しい相手がいないというのが虚しいが、男性社員の人数自体が少なく皆それぞれ店舗や工場に飛ばされるのだから仕方ない。


 有力フランチャイズ店オーナーの娘である三咲は、現在は本社本部でバリバリ働いていて、親の店の方は夫が店長になってくれたらしい。かれこれ十年前、結婚披露宴に招かれ接した旦那さんは穏やかで優しそうな人だった。子どもがひとりかふたり生まれたと聞いた気もするがあまり覚えていない。親しいとはいっても仕事上のことでその程度の間柄だということだ。


「暑くなったっていうのにアイスボックスがらがらじゃない。ジュレも並んでないし」

「すみません」

「天気予報チェックしてから発注してる? そうじゃなくても先週喚起メールを送ったはずだけど」

「すいません」

「競合店の多いテナントと違って、周りには向かうところ敵なしのこーんな恵まれた立地の路面店でさ、売り上げがこれっぽっちってどうなの? もっとじゃんじゃんバリバリ稼いでよ」

「申し訳ありません」

「やっぱさあ。店舗限定のオリジナル商品を出すべきなんじゃないの? なんか考えてる?」

「う……」

「脳みそ捻って考えなさいよ。なんなら私が脳みそお団子結びにしてあげようか?」

 毒舌はいつものことだが、今日は一際からい気がする。


「だがなあ、直営店のうちはそうそう好き勝手にはできないだろ。商品開発なんて勝手にやって工場派に睨まれるのもなあ」

 製造販売業の常として工場製造側と販売営業側との綱引きがあり、由基の会社は伝統的に工場派の力が大きかったりする。


「バレなきゃいいのよ」

 由基の杞憂をフランチャイズの申し子はしれっと切り捨てた。

「ジュレとかパルフェとか、限定フレーバーを作って伝票には既存品を乗っければいいの。私が黙ってれば万事オーケー。でしょ?」

 こいつはどうしてここまで豪胆になれるのか。肝っ玉の小さな由基は胃の辺りをさすってしまう。

「ジュレなんて夏には絶好のアイテムなわけでしょ。若いスタッフの意見を聞いてさ、女子が飛びつくようなインスタ映えするやつ、考えなさいよ」

「インスタ映えねえ」


「画像だけ撮ってゴミ箱直行みたいなお粗末なのじゃ食品ロスだって眉毛を逆立てられちゃうからさ、味もちゃんと追及して」

「店舗でそれをやれってか」

「ポテンシャルはあるでしょ」

 あっさり言われて由基はがりがり頭を掻く。待てよ、と手を止める。

「インスタで話題になったりしたら伝票操作がバレるんじゃ」

「バカね。イナカのたかだか一店舗でそんな話題になるわけないでしょ」

 三咲は顎を上げてしれっと言った。上げるのか落とすのかどっちだよ、と由基は肩を震わせた。

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