step3.アプローチ(5)

 言いたいことだけ言って用件はすんだとばかりに三咲が帰り支度を始めたのを見て由基はほっとしたのだが、

「そうそう。さっきのラインのことね」

 栗色のショートカットの髪をなびかせて勢いよく振り返った三咲は、また氷点下の眼差しになっていた。

「もう三店舗まわってから戻ってくるから。そしたらゆっくり話を聞かせてもらうから。いいわね?」

 猫のような瞳で見据えられ、由基はこくこく頷くことしかできなかった。


 そうして閉店後、ふたりでやって来たやきとり屋のカウンターで由基はアコとの出会いを洗いざらいぶちまけた。


「あっはっは。なんじゃそれ。私はてっきりピンク系のテレフォンででも知り合ったのかと思っちゃった」

 席に着いたときにはまだ冷たい眼つきの三咲だったが、酒が入って機嫌がよくなったらしく由基の話に笑い転げた。クルマがあるので飲めない由基はウーロン茶をちびちびやりながらため息をつく。これまたとんだ災難だ。


「あれだけ惚れっぽいなら、すぐ次のターゲットを見つけるだろうからそれまでの我慢だと思っちゃいるが」

「それはどうかな」

 枝豆を皮からするんと口の中に入れながら三咲はちらっと由基を見た。

「恋愛脳って気が多いのとは違うからね。恋が終わるまでは一途に一人の相手を追い続けるわけよ。そうそうロックオンからは逃げられない」

「じゃあどうしろと」

「それはきちんと振るのがいちばんだし、礼儀じゃない?」

「まともに話もできないのに」

 由基はどよーんと縦線を背負いながら自分のスマートフォンの画面を眺める。相変わらずアコからデートデートとメッセージが届く。


「デートしちゃえば」

 ぷはっとジョッキを煽った後に三咲がぼそっとつぶやいた。

「JKに合わせて健康的にさ。そうすれば向こうも満足して、少しは落ち着いて話もできるんじゃない?」

「デートぉ? 女子高生と俺が?」

「うんうん」

「まるで親子レジャーじゃないか」

「ほんとほんと」

「デートと言われてもなあ」

「ここン十年してないし?」

「そうそう。って、失礼だなおい」

「だってそうでしょ」

 真顔で問われてしまえば、はいそうですとしか言いようがない。


「しかしなあ」

 のらくらしている由基の様子に何を思ったのか三咲は意地悪な目になって口角を持ち上げた。

「怖いんでしょ?」

「は?」

「その子とは夜の暗がりでしか会ってないんでしょ? いざお日さまの下で会ってみたら、うっわしわくちゃのジイサンじゃんって引かれるのが怖いんじゃないの?」

「なんだその翌朝化粧が剥げた女の顔を見たらビックリでした、みたいなシチュエーションは」

「む。あんたも大概失礼だよね」

「先に失礼こきやがったのはそっちだろうが」

「ふーんだ。怖いのでなければデートすればいいじゃん。ジョシコーセーとデ・イ・ト!」

「バカ。大声出すなって」


 なんでこいつにまで絡まれるんだ。災難すぎる。ヤケクソになってウーロン茶のグラスを煽る。

「どうせ傷つきたくないんでしょ、あんたは」

 つぶやいた三咲の声にはどことなく哀れみが含まれているようだった。

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