第二章 聖域の師弟

第零話 ディーヴの反証

00 ディーヴ

 『さかしまの悪鬼あっき』と呼ばれているディーヴがすることは、なんでも正反対だ。昼に寝ては夜に起き、食べ終えてからスープを温めて、殺してから命乞いをゆるすという。彼らを元にして、ひねくれ者を意味する天邪鬼あまのじゃくという言葉が生まれた。


 ――ゴーディ・ウィートン『語源』(アーヴェン書房、一八二〇年)



 ディーヴの姿形は人間に似て、醜悪しゅうあくに尖った歯と爪、唇まで真っ黒な肌、額や即頭部から角を生やした化生として知られている。その住処は暗い洞窟や井戸の底、鬱蒼うっそうとした森の奥にあり、真夏のような熱気を好むので常に蒸し暑い。『逆しまの悪鬼』は人間の娘をさらって膝枕ひざまくらをさせるというが、汗まみれの太腿ふとももも美女ならば悪くはないのだろうか。


 ――テディ・フェルドマン『悪魔録』(幻想書院、一八一九年)



 数多いる精霊のなかでも、ディーヴほど強力な存在はいない。

 すべてを逆転する彼らにはどんな武器も届かないとされているが、その噂を聞いても討伐に挑み、命を落とす者は後を絶たない。ディーヴには、自らを打ち倒した者に忠誠を誓うという習性がある。つまり退治に成功さえすれば、『逆さまの悪鬼』の使役者になれるということだ。


 人間に仕えたディーヴは、主人によって力量が増減する。勇者の召使いとなれば一騎当千の活躍を見せるが、小狡こずるい者のしもべとなっても大した働きはしない。白い髪が生えた悪鬼は特別で、その器は並の怪物をはるかに凌駕りょうがすると伝えられている。


 ――イアン・オウエル『精霊世界』(トルキン出版、一八一五年)



 我々は屈辱の日を忘れてはならない。花と蜜の都から、うるわしき姫が消えた悪夢の夜を! ああ、我が愛しの君よ! 天上よりもたらされた光を奪い去りしは、黒い肌の悪魔! おぞましき者よ! 名誉と栄光を胸に挑んだ騎士はことごとくが敗れ去り! 墓標に刻まれた名は数知れず、帰らぬ者の歌は溢れるばかり。いよいよとなれば宝剣の輝きをもって討ち果たすよりほかになく。我、いざやいざやとゴリアス渓谷けいこくの洞窟へと旅立たん。胸に情熱を、刃に正義のほむらを灯し!


 ――エイガン・デュホーン『剣に愛を』(アーヴェン書房、一七六九年)



 ディーヴは、自分が不利になると判断した反転は行わない。

 ディーヴは、主人がいるときには主人の命令しか聞かない。

 ディーヴは、一つずつしか命令を聞かない。

 ディーヴは、これらの制約をうっかり忘れることがある。


 ――チェリン・エン『怪物夜噺』(幻想書院、一七一〇年)



 こんな話がある。

 ある国の姫が、ディーヴに攫われた。彼女と将来を誓い合った王子が救出に赴くが、いかに策を尽くしても『逆しまの悪鬼』に刃は届かない。敗北した彼は命を奪われそうになるが、囚われの姫がディーヴを制止した。「悪魔さま。私はあなたさまの妻となります。この洞窟に身を置き、決してあなたさまのお傍を離れません。ですからどうか、王子様をお助けください」――それを聞いた悪魔は、望まずとも反対のことをしなければいけなかった。国へ帰還した彼女は生涯、独身を貫いたという。


 ――フラン・ビィ『精霊の系譜』(幻想書院、一七二五年)


 登場人物イラスト(リンク先:近況ノート)

 https://kakuyomu.jp/users/nagarekawa/news/16817330654131674912




【登場人物】

 ビーチェ:始末屋。妙齢の女性。


 ブリュエット・プレオベール:伯爵家の令嬢。十五歳。

 キャスパル:プレオベール家に仕える老齢の執事。


 ジュダ:全身黒ずくめの男。

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