01 闇祓いの少年

 世のあらゆる災厄を封じた地を、トゥアハ・デ・ダナーンという。女神ダヌは絶望の大陸に取り残された命をうれい、よこしまな勢力に反抗する者たちへ祝福を与えた。怪物の血を焼き、人心の影を払うすべを用いて、光と闇のはざまで命の調和を見守る存在。人々は彼らを、ゲイザーと呼んだ。




 ブリギット市の夜に浮かぶ、二つの月――幽玄のほのかな蒼と、血潮ちしおのように鮮やかな薄紅うすべに。冷たい色の交わりは、宵闇よいやみ静謐せいひつを侵すことはない。ただ稲の葉を湿らせるつゆが月の恩恵を浴び、光彩陸離こうさいりくりの光景を描く。


 土と水の香りを孕む、冷たい夜気。


 苗が植えられて間もない田んぼの畦道あぜみちに、ぽつんと佇む少年の影がある。


「…………」


 彼の名は、ユウリス・レイン。


 夜に溶けるような黒髪、陶器とうきのような白い肌。年の頃は十代の半ば。斜に構えたような目つきと、焦げ茶の瞳。黒い運動着に身を包み、腰には短剣を吊るしている。ブリギット領を治めるレイン家の落胤らくいん。忌み子のユウリス。


「いつかこの街を出たら、次はこういうのどかな場所に住むも悪くないと思うんだ」


 独りごちた少年が、彼方へ向けていた視線を正面へ定める。


 ジージーという低い虫の声。風が薙いでも、稲の葉がかすかに揺れる音しか聞こえない。ユウリスの正面――畦道あぜみちの向こうに、不可解な人影が浮かんでいる。


 それは闇にうごめ禍々まがまがしい存在感だ。虚像のようだが、たしかに存在する。真っ黒な輪郭は腹の底が凍えるような冷気を放ち、周囲に死の気配を撒いていた。


 ユウリスは臆することなく、尋常ならざる気配を見据えた。腰の短剣に片手をかけ、軸足を引き、黒い運動着に包まれた身体を低くする。


 この辺りでは最近、農家の人間に牙を剥く黒い怪異が現れるという。襲われた百姓たちは生気を吸われ、いまも教会で寝たきり状態だ。その凶事が盟主レイン公爵の耳に届いたのは今日の昼間――豊穣国ブリギット国は即日、闇祓いに怪物退治を依頼した。


 そして畦道の向こうに揺れる幽鬼ゆうきの輪郭が、徐々に確かな実像を形成していく。火のないカンテラを掲げた、紅色あかいろのフードローブ姿だ。前のはだけた羽織りの内側は、人の姿もなくがらんどうで、裏地も見えず、暗い深淵しんえんだけが広がっている。同様に、袖から伸びる手も存在しない。カンテラは、ただ宙に浮いていた。


 フードの奥で、赤い眼光が妖しく明滅する。


 ゆったりと滑るような移動が、不意に止まった。


『あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ、あっ、あっ、あっ、――』


 フードの奥から聞こえる声は、形容しがたい。強いていうなら、アという音をのどの奥でひっくり返したような、おどろおどろしい濁声だくせいだ。


 そして怪物の発する響きは、見えざる波動となって闇をく。生者への羨望せんぼう怨嗟えんさ


 健全な精神をむしばもうと、それが少年の身体にまとわりつく。


『あ、あ、あ、あっ、あっ、あ、あ、あ、あっ、あああ、あっ、――』


 常人ならば、晒されるだけで発狂してしまうだろう、邪悪な肌触り。だが闇祓やみばらいの素質を秘めたユウリスには、多少の耐性がある。それでも死者の渇望かつぼうに長く侵食されて、正気を保ち続けていられる自信はなく、手早く済ませなければならない。


「一度しか言わない、よく聞いてくれ」


 産毛が総立ちになる不快感のなか、ユウリスはゆっくりと声をかけた。せめて己の意思で、この地から立ち去ってほしい。そんな願いを込めて。


「聖ダヌの下へ名を還し、聖なる理想郷ティル・ナ・ノーグへ旅立て」


 女神ダヌの名を口にした瞬間、ユウリスを侵す亡者の嘆きがわずかに鈍る。しかし幽鬼はおそれではなく、反逆の意思で応えた。風もなくふくれれ、ばさりとめくれあがるくれないのローブ。憎悪の気配が増していく。


「無駄みたいだな」


 ユウリスは説得を諦め、まぶたを閉じた。意識を精神の深層へと沈め、肉体の内に眠る力へと呼びかける。少年が観念したとでも思ったのか、闇の声をさらに荒げる亡者。


『あア、あアア、あっ、あああ、ア、あっア、ああ、あああアア、あア!』


 掲げられたカンテラに、青い火が灯る。冷たい揺らぎは、苦悶に満ちた人の顔へと変貌へんぼうした。現実世界へ顕現けんげんした怨念が、器から飛び出して少年を強襲する。


「――――」


 ユウリスは肉眼を断ったまま、特殊な呼吸で身体に意識の根を広げた。閉ざした視界の向こうでも、邪悪な気配は察知できる。迫りくる亡者に対する恐怖心で、すくみそうになる身体。あるいは自分に怪物退治ができるのかという懐疑心かいぎしんも絶えない。


「けれど、それでも……」


 次々と胸に去来する負の影。それらを払拭するように、感覚を研ぎ澄ます。


「冷たい感情に、抗う光を」


 時間の流れが変わる、ひと時が永遠に凝縮されるような、無我むがの境地。


 精神が、神経のように指先まで行き渡る。


 そして胸の奥底で、冷たい情熱がたぎった、その瞬間。


「闇祓いの作法に従い――」


 唱えるのは、大いなる女神からもたらされたという力の召喚式。


「黒い衣は通用しないぞ!」


 眼界を取り戻しながら、ユウリスが腰の短剣を抜き放つ。


 鞘から生まれる銀の刃が、静かな蒼白の揺らぎを宿して一閃した。


 眼前に攻め寄る死人の相貌そうぼうを、鮮やかに斬り伏せる。


 焦げ茶の瞳が群青の色に塗り変わり、そこに発現するのはまやかしを見破る能力――闇の虚構を暴く、真実の瞳。少年の眼光が、紅い外套がいとうに潜む幽鬼の本質を看破する。


「それがお前の正体か」


『あア、アアあ、あ、アっ、あアっ、あ、あっ、アあ、あ、あアアア、あっ』


 フードローブの奥に、せこけた人の成れの果てが見える。


 飢餓きがに見舞われたかのような、骨と皮だけの身体。くぼんだ目のなかで、赤い炯眼けいがんだけが縮小と拡大を繰り返す。外套の内側では、その痩躯そうくすらも栄養とするように、数え切れないほどの怨念がうごめいていた。


 生者の活力、魂を欲してさまよう亡霊――ユウリスは破邪の刃を大きく引いて構えを取り、師から聞かされていた怪物の名を呼んだ。


「哀れな≪スペクター≫」


 赤いローブの内側から、あるいはカンテラから、魑魅魍魎ちみもうりょうの大群が溢れだす。求めるのは、少年の旺盛おうせいな精力。


 ユウリスは怯まず、青い慧眼けいがんで怪物の魔力を辿った。痩せ細った、みすぼらしい姿の喉元にぼんやりと感じる、赤い胎動たいどう――それが≪スペクター≫の心臓部。


「死者の忘念は、祈りのためにあればいい」


 五体に隅々までみなぎる破邪の力。身体能力が極限まで高まり、雄々しく土を蹴れば、その姿はこがらしごとぜる。蒼い奇跡が尾を引いて、ユウリスは一瞬で≪スペクター≫の懐へ潜り込んだ。


『アアあ、あ、アっ、アっ、あ、あっ、ア、アアア、あっ、アッアッアッあ!』


 幻妖げんようの群れが、少年の身体へひるのように吸いつく。しかし気力を奪われながらも、ユウリスは勇猛果敢に踏み込んだ。野生の猛禽類もうきんるいに似た、しやなかな体捌たいさばき。流麗りゅうれいな線を描いて四肢を伸ばし、短剣を鋭く突き上げる。


「そこ――!」


 邪道をはらう刃が、苛烈に輝いた。フードから雪崩なだれ込んでくる悪霊の群れが、破邪の切っ先に触れて浄化され、霧散する。勢いのまま、闇祓いの技が≪スペクター≫の首を貫いた――その奥、怪物の核も、諸共もろともに。


『あっ、あア』


 その詰まったような音が、≪スペクター≫の断末魔だった。


 痩躯が塵となり、かすかな夜風に吹かれて雲散霧消うんさんむしょうする。主を失ったローブとカンテラが畦道に転がり、土埃つちぼこりが静かに浮き上がった。


「……や、った?」


 勝利の安心感を得て、集中を切らした少年の瞳と刃から破邪の灯火ともしびが消失する。


 しかし≪スペクター≫が滅びても、ユウリスの魂を狙う亡者の大半は残留したままだ。そればかりか格好のえさが弱っているとみて、どこからともなく別の怨霊おんりょうが次々と嗅ぎつけてくる。


「か、は……けほ、っ、やみ、ばらいの、作法に……」


 再び闇祓いの力を発現させようと試みるが、群がる魑魅魍魎に精神を蝕まれ、集中が保てない。今しがた倒したばかりの≪スペクター≫に比べれば、それらは有象無象うぞうむぞうに等しい亡魂ぼうこん想念そうねんだ。


 だが破邪の力を使い果たしたユウリスの身体は、そんな餓鬼がきに抵抗もできないほど消耗しょうもうしていた。


「あ、……っ、くそ」


 意識はおぼろげに、視界が霞む。足が震え、立っていることもままならない。心臓の音が遠ざかる。


 ――――――――!


 ユウリスの精神が死者に呑まれ、魂にまで魔手が伸ばされようとした、まさにその瞬間――どこからともなく、無音の咆哮が放たれた。


 人の鼓膜を震わせることなく、しかし闇の存在を祓う力を秘めた静謐せいひつの響き。


 声無き叫びの波動が、群がる忘念をことごとく駆逐する。


「この、力は……」


 つい先程までは誰の影もなかったユウリスの背後。


 そこに希薄な存在感で佇む、白い狼。


 ……、――――。


 唸ることはなく、呼吸すらも耳に届かない、無音の狩人。


 夜風にそよぐ、雪のような白い毛並み。人間の大人ほどある体躯は、威圧感よりも荘厳そうごんさを感じさせる。ユウリスは、かすれた声で叫んだ。


「白狼……!」


 名を呼ばれた白狼は足音もなく踏み出し、ユウリスのかたわらへと歩み寄った。膝から崩れ落ちる少年の身体を、柔らかな背で受け止める。滑らかでふんわりとした毛皮に、ユウリスは安堵したように息を吐いた。


 ――――!


 少年を背負ったまま、白狼は虚空の彼方を見据え、じろりと睨みを利かせた。新たに接近を試みていた亡者たちが、恐れをなして散り散りになっていく。


 ――、……。


 得意げに鼻をひくつかせるしぐさも、やはり音として届くことはない。


 そしてもう一人、畦道のなかに現れた姿があった。すっきりとした味わいのこうき、蝋燭ろうそくで囲まれた円に描かれた幾何学模様きかがくもよう――魔方陣に胡坐あぐらを掻く、妙齢の女だ。


「まだまだ詰めが甘い」


 うなじで結った亜麻色の髪。化粧気のない肌に浮んだそばかす。怪物狩りの女戦士。闇祓いの≪ゲイザー≫。名はウルカ。彼女は低い声でぼやきながら、のっそりと立ち上がった。


「怪物と人の狭間に立つ≪ゲイザー≫には、政治に関わらない、権力を持たない、家庭を築かないという不文律がある。婚姻こんいんもしないのに、子守をする羽目になるとは思いもしなかった」


 唐突に姿が現れたのは、ユウリスの戦いを見守るため、ウルカが姿を隠す結界を張り巡らせていたからだ。しかし共に身を潜めていた白狼が飛び出したことで、隠匿いんとくの効力は失われてしまっている。


「まったく、鐘一つ分の時間を費やした結界が台無しだ」


 白い魔獣との付き合いはウルカの方が長いが、なぜだか懐かれているのはユウリスだ。白狼の背で虫の息になっている少年へ歩み寄ると、彼女はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「それにしても過保護な白狼だ。まさか母親にでもなったつもりか?」


 毒づきながら、ウルカは懐から聖水の小瓶を取りだした。栓を抜かれた瓶の中身は、普通の水と変わらない、透明な液体だ。それを≪スペクター≫の遺した外套と、カンテラに振り撒く。すると赤紫の蒸気がジュワっとあがり、すぐに消え失せた。


 カンテラを外套に包んで回収した彼女が、意地悪げに白い歯を覗かせる。


「それにしても、さすがは影の国の騎士≪ジェイド≫を倒した公爵家の王子様だ。勇敢な戦いぶりだったな」


「嫌味なら直接的過ぎるし、めているつもりなら本気で感性を疑う」


 土気色つちけいろの顔色でぐったりとしたユウリスには、嫌味に付き合う気力すら残されていない。せめてもの抵抗にと、かすれた声と共に舌を覗かせるが、実際はそんな行為も億劫おっくうなほどに疲労困憊ひろうこんばいだ。


「身体が、すごく寒いんだ」


「死に近づいている証拠だ。まだまだ、霊力を扱うには経験不足だということを思い知れ」


「優しさがほしい……」


 闇祓いの力も亡者に奪われ、からっけつになっている。


 冬場の豪雪ごうせつに晒されたように身体は凍え、指先も思うように動かない。


 白狼が追い払った亡者の気配が、再び周囲に漂いはじめる。標的は無論、弱り切ったユウリスだ。


「ねえ、ウルカ。あの亡霊だか悪霊だか、完全な退治って無理じゃないかな。どこからでも、うようよ沸いてくる」


「生まれた数だけ死んでいくのが命だ。人間の寿命は数十年足らずだが、≪ゴースト≫の寿命は四百年近いといわれている。死んでからの方が、人生は長い」


「ああいうのを、≪ゴースト≫って呼ぶの?」


「≪ゴースト≫は、魂の残滓ざんしが生んだ怪物の総称だ。≪スペクター≫と同様に、大半は生前の自我などもたない。生者の精気や血肉を欲するだけの、いわゆる悪霊だ。しかしときおり、意識を保ったまま死霊の力を得る者もいる。その手の怪物は厄介だぞ。並外れた知恵を持ち、長い時のなかで魔術を研鑽けんさんする。ノスフェラトゥの上位種たるヴァンパイア・ロード。あるいはリッチの進化系オーバー・ロードあたりが出てくると、私ひとりでは手のほどこしようがない」


「ウルカでも勝てない怪物がいるんだ」


「単純に勝ち負けではかれるものではないが、そういうことだ。話を戻すが、身近なところならオートマティスムの起源もそれだ。あれは死の世界へ旅立った者――≪ゴースト≫から、魔女たちが神々の叡智えいちを得る為の交信儀式だったらしい」


「ぜんぜん身近じゃないし、思い出したくもない」


 ほんの一ヶ月ほど前、オートマティスムという占いの儀式が発端で、ユウリスは痛い目を見たばかりだ。その事件の顛末てんまつ惨憺さんたんたるもので、今も尾を引いている。ウルカが皮肉そうに唇の端をつり上げた。


「このブリギット領から、邪悪な存在を遠ざけていた加護―—先の事件で、その聖なる守りは失われた。おかげで、私たちのような闇祓いは大忙しだ。今夜のような怪物騒ぎは、そこかしこで頻発している。特に≪スペクター≫をはじめとする死霊の発生は、信じられないほど容易になった」


 そのため、ユウリスとウルカは住民の求めに応じて、夜ごと怪物退治に勤しんでいるというわけだ。


「また、うようよ寄ってきた……ウルカ、オリバー大森林の加護が戻れば、元の平和なブリギットに戻るんだよね?」


「どうかな。ワインは一度でも栓を抜くと、酸化さんかをはじめてしまう。もういちど栓をしても、最初の状態には戻らない。おい、それより口を閉じていたほうが賢明だぞ?」


 沈んだ気持ちで頭上の亡霊を見上げるユウリスの視界に、ウルカの腕が入り込んだ。彼女の手には、小ぶりの巾着袋が揺れている。


「ウルカ、それは――」


 なに、と問う前に、ユウリスは表情を歪めた。ウルカの瞳に、愉悦ゆえつの気配を感じる。嫌な予感はすぐに現実のものとなった。


 少年の頭上で、上下逆さまにしなる巾着袋。中に詰まっていた大量の白い粉が降り注ぎ、黒髪を真っ白に染め上げていく。


「げほっ、げほっ、え、うそ、なに!?」


 思わず喉の奥まで吸い込んでしまい、ユウリスは激しく咳き込んだ。さらに得体の知れない粉末を忌避きひした白狼が、思わず背中の少年を振り落とす。


 …………!?


 申し訳なさそうに目尻を下げつつも、距離を取る白狼。ユウリスが野路のじに転がっても、ウルカは空になるまで小袋を振り続けた。


「熱をかくす霊薬だ。体温はもちろんだが、魂の弱りも≪ゴースト≫は熱として感知している。子供のお前に、闇祓いの力は消耗が激しい。これを全身にかけておけば、亡者の目から逃れられるはずだ」


「それは、どうも、アリガトウ。でもできたら、やる前に一言ほしいところだけどね。ていうか、霊薬は貴重なんだろ、子供のお守にしては大盤振おおばんぶる舞いが過ぎるんじゃない?」


 先ほどの仕返しに、嫌味を言い放つ。しかしウルカは気にした風もなく、得意げに唇を歪めた。


「消費期限がとっくに切れている霊薬だ、気にするな。結界形成けっかいけいせいの余りものな上、経費はお前の父親であるレイン公爵に請求ができる」


「権力は持たないのに、金にはあこぎなんだな。さすが伝説の≪ゲイザー≫様、一筋縄じゃいかないよ」


「なんだそれは、もしかして嫌味のつもりか?」


「あー、もう、うるさいな。ていうか俺、全身真っ白なんだけど。これ、すっごい苦いし。いつまでこうなわけ?」


「白い粉はデンプンと乳糖にゅうとうを合わせただけの代物だ。実際の霊薬は、そのなかにほんの少しだけ混じって、もうお前の肌から体内へ吸収されている。払っても、水浴びをしてもいい。湖に寄っていくか。いまならナウエリが寄ってくるかもしれない」


「家に帰ってから風呂に入るよ」


 ナウエリがなにかは知らないが、ろくでもない怪物であることは想像にかたくない。たのしげに目を細めるウルカの態度が、それを雄弁に物語っていた。


 ふらつきながら立ち上がるユウリスの身体に、すかさず白狼が寄り添う。


「ありがとう。友達はお前だけだ」


「ほんとうに、ずいぶんと懐かれたな。長く旅をしてきたが、人間に友好的な魔獣は見たことがない。同じ森の住人同士で、共生関係ということは稀にあるが……」


「戦友だからね」


 ユウリスが戦友と呼んだ白狼は、大陸北部を生息地としている魔獣だ。しかしブリギット市は大陸中部にあたるため、本来はこの辺りにいるはずがない。それが数奇な縁で絆を結び、ふたりは良き友人となった。


「オリバー大森林では命を預けて戦ったんだ。ウルカはいなかったけどね」


 …………!


 神々こうごうしくすこやかな毛並みを撫でれば、白狼は気持ちよさそうに金色の瞳を細める。視線を交わすと、なんとなく意思も通じあっている気がした。


「≪ゲイザー≫になれば、魔獣の言葉もわかるようになるかな?」


「そういう流派もある。だが過度な期待はするな。≪ゲイザー≫といっても、元はただの人間だ。女神ダヌの加護を受けて特殊な力を得はするが、専門家という域をでない」


「どういうこと?」


「≪ゲイザー≫は職業であって、種族ではないということだ。人智を超えた力を得ても、扱うのはしょせん、ただの人間だ」


「なんかわかりにくい。ウルカってさ、もう少し遠まわしじゃない言い方はできないの?」


「この機微きびがわからないうちは、まだまだ子供ってことだ」


「はいはい、ウルカは大人だよ」

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