第二話 死霊の恩讐

00 ゴーレム

 ゴーレムは、魔術によって土塊つちくれから創造された怪物である。


 自我を持たず、主人の命令に忠実で、頑強がんきょうな身体と豪腕ごうわんあわせもつ人形だ。額には『E』という文字が彫られており、この刻印が破損すると、ゴーレムは瓦解がかいしてただの泥に戻ってしまう。これは『E』の印が魔力源となっている為で、首を切り落とされた場合も同様に崩壊する。また稼動が不要な場合は、額の文字を羊皮紙などで隠すことで休ませることも可能だ。


 魔術師にとってゴーレムは戦闘の手駒としてばかりではなく、召使めしつかいの側面を持っている。知識さえあれば比較的に創造が容易であることから、魔術師が苦手とされる肉体労働を任されることが多い。


 ゴーレムには幾つかの順列がある。


 一般的にゴーレムと呼ばれる存在は最も下位で、同種間での連携はできず、複雑な命令もこなせない。またゴーレムの稼動には大量の魔力が必要となる。魔力消費を倹約するには、例えば日中にしか稼動できない、決められた範囲から出られないなどの制限を課すことが必要となる。死霊しりょうの王≪リッチ≫のような魔術師ならばいざ知らず、人間の魔力ではゴーレムを自由に活躍させることは非常に困難だ。


 他にもゴーレムの上位種として、魔術を扱うモックルカールヴィ。女神ダヌの使徒として聖書に登場する青銅せいどうの巨人ターロスもゴーレムの一種と考えられている。学者間ではホムンクルスと意見が分かれるが、聖王国ダグザの建国神話に登場する不死身の人形兵器エンキドゥもまた、ゴーレムの一種とする説がある。


 ゴーレムには幾つかの問題点もある。


 まず額の刻印が弱点であることが広く知られており、戦場では軽易けいいに対処されてしまう。このわかりやすい弱点は、長年に渡り改善されていない。そもそも土塊を人型の傀儡かいらいすることが容易に叶うのは、神聖国ヌアザが秘匿するウァシオ遺跡の恩恵だ。遺跡内にはゴーレム製造専用の術式が、遥かな過去から現在に到るまで稼動し続けている。この儀式は大陸の隅々まで影響を及ぼしており、定められた儀式を施行することで、どこでも手軽にゴーレムを製造できるのだ。そしてウァシオ遺跡の力を利用して製造されたゴーレムは、その制約として額の文字を隠すことができない。無論、遺跡の力に頼らずにゴーレムを精製できるのであればその限りではないが、現在に到るまで成功の実例報告は確認されていない。


 最後にこれほど便利なゴーレムが、巷では滅多に見られないことについて説明しよう。神聖国ヌアザの制定した教会法により、ゴーレムの私的な製造、所有は禁止されている。本書籍の初版刊行時点において、法令違反には縛り首の刑罰が科せられる。土塊から人型を生み出すことは、命を弄び、神を冒涜する行為であると神聖国ヌアザは断罪するが、自国領土内にあるウァシオ遺跡を占有し、独自に研究を進めているという批判も少なくはない。創世神話において、女神ダヌはちりから人を創造したと伝わっている。いつか人の飽くなき探究心は、神の所業に追いつくのだろうか。母体から子を産むという営みが、魔術儀式に取って代わるような時代が来ないことを、今はただ祈るばかりである。


 ――フラン・ビィ『命を与えられたものたち』(幻想書院、一七四五年)




【登場人物】

 ユウリス・レイン:黒髪の少年。レイン公爵の子。本編の主人公。十四歳。


 セオドア・レイン:ブリギット国を治める公爵。ユウリスの父親。

 グレース・レイン:セオドアの伴侶。

 イライザ・レイン:金髪の少女。レイン家の長姉。十五歳。


 サヤ:下水道に住む少女。

 キーリィ・ガブリフ:赤毛の男性。若手の元老院議員。


 ウルカ:怪物狩りの専門家。二十代の女性。

 白狼:ウルカと旅をする魔獣。めす


 登場人物イラスト(リンク先:近況ノート)

 https://kakuyomu.jp/users/nagarekawa/news/16817330654131674912

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