第2話


黒茶の毛皮が寝息を立てながら、私のすぐ横で寝ていた。大きな体に見合った手足についている鋭い爪で、時に体をかいて気持ちよさそうだ。


…どうして?


死んでない。私の心の臓が弱々しくも、確かに脈立てているのが分かる。でも、だからおかしいのだ。


だって、日差しも指さない暗い森に村の男、三人がかりで私を抑え、鎌で一刺ししたはずなのだ。


鋭い痛みに重いぐぐもったうめきが漏れた。手足から徐々に感覚がなくなり、体が冷えていく。視界はぼやけていたが、三人の男は笑っていた。それに対してもう何も思う気力も湧かない。そんな絶望の中でありながら、これで私はこれ以上苦しまなくて済むと、目を閉じて死を受け止めた。



なのに。


なんなのだ。これは。


目の前の熊を自分は寝そべった状態で、目だけで観察した。起きようとしたが、体がいうこと聞かず動かせないのだ。



何故、生きているのか分からないが…。


私は一先ず、再び訪れた眠気に身を任せ、まぶたを閉じた。


これで、食べられたりしても別に思うことはない。何せ、一度は捨てた命で、この先に望みも何も私には無いからだ。










『この子、目、覚まさないねー』


『んー?そろそろ体力が回復してもいい頃だと思うんだけどなぁ』


『熊さんが運ぶときに何かやらかしたのかな?』


熊は、その話に対しガウガウと抗議の声を挙げる。自分は何もしてないと、少し人臭い仕草で首を振って否定している。


と、熊が何度も様子を見ている少女を見た。すると、先程まで寝ていた少女がまぶたを震えさせ、目を覚まそうとしていた。それを静かに見守り、少女の目覚めを優しく見守った。





目を覚ました。

しかし、やはり先程と景色が変わらず、一筋の柔らかい光が差し込んでいる。地面は剥き出しの土で、壁は岩肌で覆われている。自分が寝ていた場所には柔らかい葉が敷かれ、体に受ける痛みを緩和させてくれていた。

ふと、視線を感じて左を向けば例の熊がこちらをじっと見つめている。一瞬、目を覚ましている熊に警戒が芽生えたが、この熊から殺意は感じられなかった。ただ、じっとつぶらな黒い瞳がこちらを見つめている。


私も見つめて様子を伺っていると、クスクスと幼い笑い声が耳に入ってきた。


子どもの笑い声?


きょろきょろと視線を動かしていくと、熊の背後から淡い光が見える。


その光が正体かと首を傾げて、熊さんの背後の様子を伺う。すると、熊さんが一言「ガウ」と自分の背後に向かって吠えた。


背後からその声を合図に、淡い光が前へ姿を現した。



『もう!熊ったら強引なんだから~』


『でも、私はこの子と話したくて堪らないわ!ねーねー』


と、一人の…一匹?の光がこちらへふわふわと漂ってきた。

こちらへ近付いてきてくれたことにより、姿が明確になった。


これは、妖精だ。始めて目にする生き物に戸惑った。たまに、狩りしているときに遠くに淡い光が数個、浮いているのは見たことがあったが、こんなに近いのは始めてだ。


『…て、あら。私ったらごめんね。一月も寝てたんだもの。誰だって声が出なくなるわよね』


と、声をかけてくれた水色の髪色のした妖精は、水の塊を私の目の前に浮かび上がらせた。


『さあ、お飲み。ゆっくり飲んでね』


水色の妖精に言われる通り、ゆっくり嚥下して喉や体内を潤していく。

そのお陰で声がかすれているものの、出せるようになった。


「水…あり、が…と」


『ううん!どういたしまして!』


『水色ばっか狡い!僕にも構ってよ~』


と、抗議して前に出てきたのは短い黄色の髪をした妖精だった。その妖精は、水色の子と違い活発な印象を受けた。


『僕からは体を動かす源を!』


と、手をぱっと広げるときれいな輝く黄色い膜が私を覆い、浸透していく。その輝きが収まったところで目を再び開けた。不思議と先程の怠さは嘘のように体が回復したことが分かった。


「ありがと。助けてくれて」


そう、お礼を言えば目の前の2匹はきゃっきゃっと喜んでお礼を受け入れてくれた。


『貴方を見つけたのは私たちだけど』


『君を運んでくれたのは、このずんむりとした熊なんだよ』


驚くことに、妖精の背後にいる大きな熊が私をここに避難させてくれたらしい。でも…。


「どうして?」


どうして、彼等は私なんかを助けてくれたのだろう。肌は外に出ることが少ないため白いが、村の者に殴られたり蹴られたりと痛めつけられたことにより付いた無数の傷跡。更に白く長い髪に左右違った目の色を持っている。右は青とこの世界でも一般的な色ながら反対の目は白地に瞳の色は黄色と、異様だった。


異様だから私は殺されたのに…。


と、改めて自分の容姿に暗い闇の思考へ追いやられかけていると、クスクスと笑い声が響いた。


『貴方ほど愛された力を持つ子はいなかったからよ』


……………な、に?


その妖精の言葉をすぐに理解できなかった。私ほど“愛”という言葉が似合わない者はいないだろう。なのに、私には愛された力が備わってると?


意味が分からない。


『人間には、分からないと思うわ』


『うん。魔術に長けた人なら、君の価値が分かるかもしれないけどね』


私の価値?

もう、訳が分からない。


私は嫌われていた。愛されることなどなかった。親が生きていれば愛情が分かったかもしれないけど、少なくとも今の人間には愛されなかった。私は人と違うから異様だから、殺された────。


と、急に目の前の熊がのしのしとこちらへ近付いてきた。何?と、熊の動向を探っていると、両腕が私の方へ伸びて…。


もふん。


へ?


もふもふもふもふもふと、もふもふな熊にぎゅっとされた。その行為に満足してるのか「ガウゥ」と、甘えた声が漏れている。



『あらら』


『その熊も君のことを気に入ったみたいだね』


と、ニコニコな笑顔でこちらを見ている。理解が追いつかず、身を任せている状態だ。だが、その状態になれてないため、気恥ずかしいのが堪ってしまい、離してと両腕で熊のお腹を突っぱねるがびくともしない。寧ろ、もっとぎゅっーともふもふに埋もれさせられた。


『私達も貴方を森へ歓迎するわ!』


『僕等は君のことが大好きだよ!』


その行為に、その言葉に、じわじわと体に浸透し心が満ちた思いがした。


「うっ…」


私はどんなに罵られても、痛いことされても、泣かなかった。泣いても無意味。と、思ってたからだ。



負の感情をぶつけられても感じなかったのに。




今はとても嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。

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