第91話 体育祭⑧

 午後の競技も特に大きなトラブルもなく順調に進んでいき、いよいよ今年の体育祭、最後にして最大の盛り上がりを見せる競技、リレーになった。康政はアンカーを務めることになったらしく、自信満々だった。


「康政、頑張れよ!俺も涼風と一緒に応援してるから!」


「謙人の応援が、姫野さんとのイチャつきじゃないことを願ってるよ」


 はて?康政は一体何を言っているんだろうか?俺だって、真面目に応援してるぞ?


「どういうことだ?」


「おいおい、自覚なしなのかよ……。午後、お前らずっと、二人でそんな感じでひっついてんじゃねぇかよ……」


 俺たちは今、俺の膝の上に涼風が座るという、教室と同じことをしていた。確かに、昼休み明けからずっとこうだけど、なんかおかしいのか?


 俺が訳が分からないという視線を送ると、康政はいよいよあきれ顔になった。


「外なんだから、ちょっとは自重しろってこと。まぁいいや。俺はもう行くから」


 それだけ言って、康政は入場門のほうまで走って行ってしまった。



「さぁ、それではいよいよ最後の競技となりました!最後は……各学年の代表者によるリレーです!」


「うぉぉぉぉ!」


 そこらじゅうから雄たけびが上がると同時に、選手が入場した。康政もにこやかに手を振っている。


「高田さん……頑張ってください……!」


 うんうん、偉いね涼風。ちゃんと応援して。


 俺は涼風をそっと撫でた。


「謙人くん?どうしたんですか?」


「いや、なんかちょっとね。涼風がいるなぁって思ったら、撫でたくなったんだ。いつもの事だよ」


「あ、あの、じゃあ、もっと撫でてください……」


 涼風たん、可愛すぎるんですけど……!もう、喜んで愛でさせていただきますよ!


「涼風は偉いね。よく頑張ってるよ~」


 俺はわざと、小さい子にそう言ってあやすようにしながら、涼風を撫でた。涼風も非常にご満悦といったような顔をしている。


「謙人くんに頭を撫でてもらうと、なんだかとっても幸せな気持ちになるんです。嫌なことがあっても、謙人くんに撫でてもらうと吹き飛んじゃいます」


「なんか、嫌なことがあったのか?」


 そんな言い方をするからには、何かあったのかと思ってしまう。ただ、それは俺の杞憂だったらしい。


「えへへ。今はですね、謙人くんと将来もずっと一緒にいられるってお昼に分かって、しかもなでなでしてもらってるんで、もう蕩けそうなほどに幸せなんです……!」


 もうお持ち帰りしてもよろしいでしょうか?なんだか涼風がめちゃくちゃ可愛いんですけども……。


 俺は涼風を思いっきり抱きしめた。


「涼風ってば、可愛すぎるよ。俺も今、最高に幸せだよ?」


「えへへ。謙人くんと一緒で嬉しいです!」


 涼風たんは俺をどこまで悶えさせる気なの⁉俺、もうぶっ倒れそうなんだけど!



 と、その頃……


「A組、今アンカーにバトンが渡りました!それに続いて、B組、D組、そしてC組もアンカーへとバトンが託されます!さぁ、この接戦、制すのは一体どこのチームなのでしょうか?」


 リレーが最高潮の盛り上がりを見せる中、俺と涼風の二人の世界も最高潮の盛り上がりを見せていたそうです。




「おい、謙人。お前さん、しっかり見ていたんだろうなぁ?」


 うわっ、やべぇ……。結局、涼風と話してたら、リレー終わっちゃってたんだよね……。


「う、うん!もちろん見ていたよ!最後、惜しかったねぇ。康政があそこでずっこけなければ!」


「よし!お前は何も見ていないと。俺は一度もずっこけてないし、大体俺らのチームが一位獲ったんだから」


 え、そうだったんだ……。全く見ていなかったよ……。


 康政は険しい顔をふっと解いて笑った。


「まぁ、お前たちならそんなところだと思っていたけどな!昼にあの先輩も追っ払って、元通りになったんだろ?じゃあ、それでお前らがイチャつかないなんて、無理な話だよなぁ」


 あれ?ついに俺たちの理解者が現れたのか?あぁ!康政が神様に見える!


「神様仏様康政様!我らに猶予をくださり、誠に感謝いたします……!」


「ほら、くだらないこと言ってないで、閉会式行くぞ?後夜祭も、二人で踊るんだろ?」


 あ、そうだった。朝、約束したんだった。いろいろあってすっかり忘れちゃってたよ。


 俺は涼風の方を見ると、涼風も苦笑いをしながら、


「色々あって、すっかり忘れてました」


「俺も今、おんなじこと言おうと思った」


 なんだかおかしくて、二人で笑っていると、康政にあきれ顔で見られた。


「お前らって、本当にどこでもイチャつくよな……。どうにかならないのか、それ……?」


 それは無理じゃないかな?俺は涼風を見ると本能的に甘やかしたくなってくるし。


「それじゃ、涼風。閉会式に行こっか?」


「はい!そうしましょう!」


「おいおい、俺の話は無視ですかい?」


 考えても無理なものは無理なんだから、仕方ない。それに、康政も別に気にしなければいいんじゃない?俺らも俺らで好き勝手やってるんだからさ。


 あれ?そういえば、康政って後夜祭どうすんのかな?誘ってるのとか見たことないけど。……まさか、一人悲しく帰るのか?


「安心しろ。ちゃんと相手はお願いしてある」


「あっ。なら良かった」


 んっ?俺今、思ってたこと口に出てたのか?


 びっくりして康政の方を見ると、康政が種明かしをしてくれた。


「お前なぁ……、そんな深刻そうな顔で俺の方を見たら、嫌でも言いたいことは伝わってくるんだわ」


 あ、なるほど。俺は無意識に康政を可哀そうな奴認定しちゃってたのか。これは失礼。


「お前今、すげぇ失礼なこと考えてないか?」


「ウウン、キノセイダトオモウヨ」


 なんで俺の考えはこうも簡単に読まれるんだろう?顔に出てるのかな?



 そんなやり取りの中、体育祭は幕を閉じた。ちなみに、俺たちのクラスは、最後のリレーでの活躍もあって準優勝だった。


「これはまたモテてしまうなぁ……」とかいう、康政のいやらしい呟きも聞こえたけど、それは聞かなかったことにしておこう。涼風だけは洗脳されないように全力で守んないとね……。

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