第90話 体育祭⑦
「はぁ……。先輩、この人は、涼風のお父さん。姫野義治さんです。これを聞いても、まださっきまでのような口がきけますか?」
先輩の顔がみるみるうちに青ざめていった。俺は言葉をつづけた。
「あなたは、この男性が涼風のお父さんだと知って慌てているんでしょうけど、そもそも目上の人に対してそういう口の利き方は良くないと思います。ましてや初対面の人でしょうに……」
あきれてものも言えないとはこういうことなんだろうか?俺には目の前の先輩が、ただただ哀れな人にしか見えなくなってきた。
「謙人くん、ありがとう。君にはますます涼風を貰ってほしくなったよ」
義治さんこと、俺の将来のお義父さん、になる予定の人が、俺の肩をたたいて明るくそう言った。
気に入ってもらう要素あったかな?俺、先輩に説教じみたことしてただけなんだけど?
とはいえ、涼風との結婚が認められるというのは嬉しいことだ。頼まれなくても必ず貰いに行くつもりだ!
「ありがとうございます、お義父さん。あとはお願いしてもいいですか?涼風を、娘さんをお願いします」
「あぁ、任されたよ。君の将来のお嫁さんは、僕が救い出してこようじゃないか」
義治さんって、本当に涼風のお父さんなのかな?こんなにさらっと娘をあげるって言うお父さん、なかなかいないと思うよ?
お義父さんは、先輩にゆっくり近づいて行った。
「さて、まず君に聞きたいんだが、君は涼風のなんなんだい?僕は涼風の父親だ」
流石に!あの、長谷川先輩も恐れているようで、ちょっとだけ震えていた。
「え、え~っと、涼風ちゃんとは、先輩後輩の関係でして……」
お義父さんはいたって冷静だった。
「そうか。ならばなぜ普通の先輩後輩関係にある君が、涼風にしつこく構うんだい?」
うわぁ……。義治さん、ぱねぇっす……。分かっていながら聞いちゃうところもそうだけど、付き合ってもいない女の子の父親に、娘さんが好きですとか言うの、かなりきついと思うよ?
「そ、それはですね。す、涼風ちゃんとは、仲良くなりたいなぁと思ってまして……」
うまくかわしやがったな。
「そうか。では涼風に聞こう。涼風はこの青年と、仲良くしたいと思っているのかね?」
涼風は真っ先に首を振った。
「いえ、全く思いません。女の子なら仲良くしたいとは思いますけど、その、男の子は、謙人くんがいるので……」
今!今それをするのはずるいって、涼風たん!これ、端から見たら、男二人の後ろで悶えてる変な人になっちゃうのよ、俺が!
お義父さんはふっと顔を緩めて笑った。
「涼風は謙人くんが本当に好きなんだなぁ。僕も是非、謙人くんとは仲良くしてもらいたいと思ってるよ。だから、これからも二人で一緒にやっていくんだよ?」
「「はい!」」
俺も答えずにはいられなかった。ありがとうございます、義治さん!涼風のことは俺が幸せにします!
「さて、で、君は涼風には仲良くしたくないと言われていたわけだけど、どういうことだい?」
「え、え~っと、それは……」
詰んだな。先輩もここまでだ。
俺はとどめの一撃につながるパスをお義父さんに放った。
「先輩は、ここのところずっと涼風に付きまとっているんです。涼風も迷惑そうにしているのに、まったく聞く耳を持たなくて……」
お義父さん、最後、お願いします!
「涼風が迷惑?そうか、君は娘に迷惑をかけているのか。そうなんだな?」
「い、いや、そんなことは……」
「では涼風に聞こう。涼風、この先輩は迷惑だったかい?」
「はい。いつも謙人くんと一緒にいたいのに、この先輩が来ると邪魔なんです。謙人くんとの時間を邪魔されるなんて、許せません!」
「だそうだよ。つまり君は、自分では迷惑をかけてなどいないと思っている、自己中心的な人物だということだ。そんな君が、可愛い娘に付きまとっていて、親の僕が許せるとでも思うのか?」
あ、先輩もう完全に震えちゃってますね。がくがくだわ……。
「さて、まずは大前提だが、君には金輪際、涼風と謙人くんには関わらないでもらいたい。そして、もしまた無理やりにでも涼風に言い寄ろうとした時には、二人から僕に連絡してもらう。その時には……分かっているよね?」
こっわ。俺が先輩の立場だったら、今すぐ逃げ去ってるよ。その点に関しては、先輩って意外と根性あるよな……。
って、感心してる場合じゃない。もう終わったし、涼風とご飯食べよっと。
「ひぃっ!も、申し訳ありませんでしたぁ!も、もう、絶対にお二人には近づきませんからぁ!」
あらら。先輩、行っちゃった。でもこれで、ようやく涼風から離れてくれた。良かったぁ……。
「お義父さん、ありがとうございました。俺一人では、涼風を守ることすらできなくて、申し訳ないです」
「何を言うか。謙人くんがいつも涼風を守ってくれるから、涼風は楽しく毎日過ごせてるんじゃないか。あの時のことだって、後から涼風から聞いたけど、君がいなかったら涼風はもっとひどいことになっていたかもしれないんだ。本当に、ありがとう」
堺との件は、涼風が後になってから両親に話したと言っていた。でも、あれだって俺がもっとはやく気付いていれば、涼風は……!
すると、何か柔らかく、温かい感触が、俺の右腕に伝わってきた。その方を見ると、涼風が俺の腕に抱き着いてきていた。
「謙人くん。自分を責めるのはもうやめてください。私は謙人くんに守ってもらえたんです。謙人くんがいてくれるから、私は毎日が本当に楽しいんです。……でも、謙人くんが悲しんでいると、私も悲しくなっちゃうんです。だから、自分を責めるのはやめてください。私は、謙人くんに、救われたんですから」
「涼風……」
俺を見る涼風の目は、真剣そのものだった。心からそう思ってくれている、それを訴えかけるような、まっすぐな目だった。
「ありがとな。俺も涼風に助けられてばっかりだ。本当に、いつもそうだよ。ありがとう、涼風」
「だ、旦那様をお助けするのは、奥さんの務めですから……」
涼風は真っ赤になりながら、ぼそっとそう言った。俺は涼風を抱きしめた。
「ありがと、涼風。涼風の事、絶対に幸せにするから」
「はい。待ってます!」
「さて、無事に終わったことだし、みんなでご飯食べよっか!」
あ、お義父さんいたんだった。すっかり忘れてた。
「あ、あの、お父さん?これは、そのね……」
「お、お義父さん。そ、その、俺は、まだなにも……」
「はっはっはっ!何を二人してそんなに慌てているんだよ。そもそも、僕は二人が結ばれることに賛成なんだから。だけど、子どもはちょっとまだ早いかもね?」
「こ、子ども……!」
涼風が真っ赤になって倒れそうになった。俺が慌てて支えると、それを見ていたお義父さんがまた笑った。
「二人にはまだ早そうだね。ちょっといじわるだったかな?」
お義父さん……、そういう冗談はきついですよ……。
俺たちは父さんたちがいるところに戻って、みんなでお昼ご飯を食べた。楽しい時間というものはあっという間で、みんなでがやがやしながら食べていたら、あっという間に午後の競技の開始時間になってしまった。
あ、ちなみにもちろん、涼風にはすべてあ~んして食べさせてあげましたよ?全員からニヤニヤと見られたのはなんだかくすぐったかったけどね。
「それじゃ、二人とも午後も頑張ってね!応援してるから!」
「うん、父さんたちも、ありがとね。それじゃ、行ってくるから」
「行ってきます!」
俺たちは並んで手を繋ぎながら、応援席の方へと戻っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うっざ~い先輩、ようやく撃退です!誰にも邪魔されないイチャラブの再開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます