第81話 競技決め

「それでは、各自やりたい競技に手を上げてくださ~い」


 いよいよ今年の体育祭の競技決めが始まった。ちなみに俺は第一希望は玉入れ、第二希望は借り物競争といったところだ。玉入れは大して動かずにできるから楽で良い、借り物競争は綱引きよりは楽だろうという安直な理由だ。


「それじゃあ、まずは徒競走から!やりたい人は挙手してください!」


 クラスの全員が誰が立候補するのかきょろきょろ見回している。そんな中、すっと真ん中の方から手が上がった。


「男子の方は俺が立候補するぜ~」


 その声の主は……、岸田だった。あいつって、運動できたのか……。


「岸田君ね~。他には立候補する人いる~?」


 しばらくして、もう一人手を上げた。


「女子の方に立候補します!」


 そう言ったのは榊原さんだった。夏休み前にあんなことがあって、お互いまだ話してすらいないが、なんとなく今の彼女は生き生きしているように見えた。


「それじゃあ、男子は岸田君、女子は榊原さんで決定でいいですか?」


 クラス内から拍手が起こった。これでとりあえず一競技目は決定だ。


「それじゃあ、次は……」


 三十分もかからないうちに、全競技決め終えることが出来た。康政は望み通りリレーに、涼風も玉入れに、そして俺はジャンケンで負けて借り物競争になった。第一希望ではなかったが、仕方ない。


「康政、良かったな。今年もリレーで大活躍できそうじゃないか」


 康政は嬉しそうに頷いた。


「おう!今年もいいところを見せて、女子どもを惚れさせるぜ~!あ、姫野さんも俺に惚れちゃってもいいんだよ?」


「あり得ません」


 おっと、俺、涼風のそんな冷たい返事、初めて聞いたかもしれない……。これじゃあ、流石の康政も……、


「だよな~、言ってみただけ。姫野さんは謙人にべた惚れだもんな~」


 あ、冗談だとそんなにダメージないのか。なんかちょっと残念。打ちひしがれる康政、見てみたかった……。


「謙人は借り物競争か。あれ、お題の当たり外れって結構あるんだよな。それに、たまにえげつないやつとかあるし……」


 そう、俺の不安要素はそれだけなんだ。このお題というやつは実行委員の人たちが考えていて、ごく稀にやばいお題が考えられることがある。今年は全てまともであってほしいものだが……。


「実行委員の方々、ほどほどで頼みます……」


「こればっかりは開いてみないと分からないというか、どうしようもないというか。まぁ、とにかく当日の運がすべてだよな」


「そうだよな……。涼風は玉入れか。俺もそっちが良かったなぁ~」


 今年の俺らのクラスには俺と同じように体育祭にそこまで全力ではないやつも多くいたらしく、玉入れは思いのほか人気だった。定員五人のところに八人も立候補したため、ジャンケンになって俺は負けたのだった。


「こればっかりはどうしようもないだろ。綱引きにならなかっただけ良かったんじゃないか?」


「そうだな……」


 そう思うことにしよう。そうしないと、ますます体育祭がやりたくなくなってくる。


「謙人くん、私は謙人くんの事、応援してます!」


「ありがとね、涼風。んじゃ、今年は去年よりは頑張ってみますかな?」


 康政が「単純なやつめ」とつぶやいた気がしたが、聞こえないふりをしておいた。


 別に俺は単純ってわけじゃない。涼風に言われたから頑張ってみようと思っただけだ。他の誰にそんなこと言われたって、多分そこまでやる気にはなれないし。


「涼風も頑張ってね!一番応援してるよ!あ、でも、頑張り過ぎて倒れちゃうと心配だから、やっぱりほどほどにしておいた方がいいか……」


「謙人くんは心配し過ぎですよ?心配してくれるのは嬉しいですけど、私だって自分の事は自分でできます!」


「ふ~ん。じゃあ、ご飯もこれからは自分で食べる?」


 涼風はいきなり焦りだした。


「えっ?あ、あの、それは、えっと、ご飯は、やっぱり、食べさせてほしいというか、あの……」


 可愛すぎるだろ……。一生あ~んしてあげたくなるわ。


「冗談だよ、冗談。俺が涼風にあ~んしたいんだから。そんなに驚かなくても、これからもやってあげるから」


 涼風は涙目になってぽかぽか叩いてきた。


「謙人くんのいじわる!私、今びっくりしちゃったんですからね!もう、ひどいですよ!」


 俺は涼風の頭を撫でて落ち着かせようとしたが……、


「それに、最近の謙人くんは、私が頭を撫でられれば誤魔化せると思っていませんか?私だって、そんなに単純じゃないんですからね!」


 とかいいながら、顔はすっごく嬉しそうなんだよなぁ~。可愛い。


「じゃあ、こうしたら許してくれる?」


 俺は涼風を正面から抱きしめながら頭を撫でた。


「ひゃうっ!」


 涼風は突然の事にびっくりして固まってしまったようだ。


「俺は誤魔化すとか、そんなこと考えてないよ。涼風の事が好きだから、頭撫でたり抱きしめたりしたいなって思うんだよ。だから、びっくりさせちゃったなら、ちゃんと謝るから。ごめんね?」


「あぅぅ……」


 涼風を離すと、彼女は顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまった。それでも耳が真っ赤なのが隠せていないから、笑ってしまう。


「涼風は今日も可愛いね」




「なぁ、謙人。ここがどこだか忘れたとは言わせねぇぞ……」


 あ、しまった。俺また皆の前で堂々と……。


 慌てて周りを見ると、皆がまたこっちを見ていた。


「やばい。二人の会話が尊すぎるんだけど……」

「俺、あのやりとり永遠に見てられるかも」

「南に抱きしめられた時の姫野さんの表情、まじでやばかったな……」

「南くんがあんな甘い言葉をささやくなんて……」


 あれ?なんか、夏休み明けの時と随分反応が違うような……。


「皆、お前らのイチャつきが最高なんだそうだよ……。なんでだか、俺にはさっぱり理解できない……」


 えっ?そういうことなの?俺は見せつけて諦めさせる作戦だったのに、なぜかそれが気に入られてるの?俺もさっぱりわからんよ……。



 とりあえず、クラスの中で涼風と堂々とイチャつけるようで良かった。

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