第75話 タクシーで帰宅

「志賀先生。帰る準備ができましたので、お願いします」


 俺は再び職員室に行って、志賀先生を呼んだ。先生はすぐに出てきてくれて……、あれ?なんかちょっと元気がない?まあ、気のせいか。


「あぁ……そうか。それじゃあ、校門まで見送るから……」


 うん、やっぱり明らかに元気ないよなこの人。ちょっと、この前の仕返しを……


「唯花ちゃん」


 俺が先生の耳元でそーっとささやくと、先生はビクッと身体を跳ね上がらせた。


「ご、ごめん唯花ちゃん!俺、尻に敷かれてるなんて思ってないから!……って、謙人、てめぇ!」


 ふむふむ。志賀先生は石井先生の尻に敷かれてるのか。これはいい情報をゲットしたぞ!


「このまえ散々揶揄われた仕返しです。それにしても、熱血教師で有名な志賀先生も奥さんには弱いんですねぇ~」


「おい謙人。タクシー呼ばねぇぞ?」


 へぇ~。先生ってば、そんな偉そうな口聞いちゃっていいんですか~?


「あ、石井先生~。今、志賀先生がぁ~」

「ひぃっ!ち、違うんだ唯花ちゃん!こ、これはな!……って、謙人くん?」


「次、涼風を邪険に扱うような態度をとったら、本当に石井先生に言いますからね?」


「わ、わかったよ……。だから頼むから唯花ちゃんには……」


 なんか先生、さっき会った時よりも一回り小さくなった気がしない?気のせい?



 俺たちは職員室の外で涼風と合流した。


「おまたせ涼風。さ、帰ろっか?」


 先生は少し気まずそうに言った。


「ひ、姫野……。なんだか、すまなかったな。俺が担任のくせにしっかりと生徒の事見れてなくて……」


「いえ、大丈夫ですよ。先生もお忙しいでしょうし、その……謙人くんが助けに来てくれて、とっても嬉しかったんで……」


 顔を赤らめてもじもじする涼風たん。最高……!先生はというと……


「姫野……!お前、マジでいいやつだな!感激したよ!」

「せんせー、浮気ですかぁ~?石井先生に言っちゃお~っと!」


「お前まじでその脅し文句だけはシャレになんないから、やめてくんねぇかぁ~!」


 はい、先生攻略完了しました。難易度としては、あれだね。チュートリアルで絶対に勝てるあのモンスター。


「おい、謙人。お前今、すご~く失礼なこと考えてたりしないよな?」


「ま、まさかそんなことあるわけないじゃないですかぁ~!」


 危ない危ない。この人、自分の悪口にだけは無駄に敏感なんだよな……。



 そんな他愛もない話先生への精神攻撃をしているうちに、タクシーが校門に来た。


「先生、色々とありがとうございました。お仕事頑張ってください!」


 うんうん、偉いなぁ涼風は。ちゃんと先生を労って。


「先生、後の事はよろしくおねがいします」


「おう!任せろ!とりあえずあいつらとは明日話をするから」


「はい、頼みます!……あ、それと、もしかしたら明日は休むかもしれないんで、一応もう伝えておきます」


「そうか……。それじゃ、姫野、お大事にな」


「はい!先生、さようなら!」


 あぁ……涼風たんの笑顔が眩しいよ……。でもその笑顔はあんな脳筋じゃなくて俺に向けてほしいなぁ……。


「おい、謙人くん?」

「せ、先生、さよなら~」


 あっぶねぇ!もう少しタクシーが出発するのが遅かったら、まじで殺されてたかもしれねぇ!



「謙人くん……!」


 涼風が、タクシーが出発するなり抱き着いてきた。いつもの甘えかと思ったけど、違った。彼女の手は、かすかに震えていた。


 やっぱり、無理してたんだな……


「涼風、大丈夫だよ。もう怖くないよ。これからは俺がずっと一緒にいるからね」


「はい……!」



 俺はタクシーがマンションに着くまで、ずっと涼風を抱きしめながら、頭を撫で続けた。




「じゃあ、今日は俺が先に入ろうかな~?」


 いつものあれを涼風にやってほしくもあったが、今日は俺が涼風を甘やかすと決めたんだ!だったら、こんな日があってもいいだろう。


 家に入って、カバンだけおいてすぐにまたドアを開けた。


「おかえり、涼風!頭なでなでにする?ハグにする?それとも、キス……?」


 はっはっはっ!驚いたか涼風よ!俺の三択はこの究極の甘やかしコースなのだ!


 ……ところがやはり俺は涼風には敵わないようです。涼風は顔を真っ赤にしながら、


「あ、あの、謙人くん。その、ぜ、全部っていうのは、だめ、ですか……?」


 待って!涼風さん!それはずるいって!そこは恥ずかしがりながら、「じゃ、じゃあ……」って言って、ひとつ選ぶところでしょ?全部?全部って!いや、俺としては嬉しいんだけどね⁉でもさ、心の準備ってものが……


「や、やっぱりだめですよね……。すみません、欲張りました……」


 おいおい、謙人よ。涼風にそんな顔をさせていいのか?お前は今日、涼風を甘やかしまくると決めたんじゃないのか?


「涼風……ダメじゃないよ」


 俺は涼風をそっと引き寄せて、優しく抱きしめた。そして、後ろに回した手を頭に持っていって、そっと撫でた。


「謙人くん……」


 涼風が蕩けたような目で俺の方を見てきた。そんな顔をされたら、やることは一つしかない。


 俺はそっと、涼風の唇に、自分のものを重ねた。




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 安心してください!ドアはちゃんと閉めてあります!

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