第72話 守り抜くもの
「さてと……」
俺はいったん涼風から背を向けて、堺を睨みつけた。
「お前、どういうつもりだ?」
今まで出したことがないほど低い声で、彼女にそう尋ねた。必死で感情を押さえつけないと、怒りにまみれて彼女に手を上げてしまいそうだ。
しかし堺は全く動じることもなく、あっけらかんと言い放った。
「南にこいつが二度と近づかないように、ちょっと教育しようとしただけなんだけどね~。まさか邪魔が入るとは」
こいつ……、ふざけやがって!
「ま、ちょうどいい機会だしさ。南、こんなやつじゃなくて、あたしの方がよくない?あたしだったら、南がしたいことなんでもやらせてあげるよ?」
そう言って堺は洋服の胸元を少しはだけさせたが、俺の中には怒りしか湧いてこない。
「おい、堺。ふざけるのもいい加減にしろよ?涼風にこんなひどいことしたやつに俺が好意を抱くとでも思うか?」
「大体さ~なんでこいつなんか好きになったの~?南って、女見る目無いんだね」
もう、こみ上げてくる怒りを押さえつけることが出来ず、俺は叫んだ。
「黙れ!お前に何が分かるっていうんだ!涼風ほど魅力的な子は俺は見たことがない!」
こいつに……、こんなやつに、涼風が悪く言われていいわけがない。涼風がどれだけ苦しんで、どれだけの痛みを抱えていたのか、その内面を知ろうともせずに表面だけ見て、なぜ簡単に人を傷つけられる?
気づけば、俺の目からは涙が零れ落ちていた。
「謙人くん……、私は大丈夫ですから、泣かないでください……」
涼風が俺の背中をさすってくれた。一番傷ついているはずなのに……、一番泣きたいはずなのに……、それでも他人のために動ける、こんな優しい涼風が、なぜこんな思いをしなければいけないのか?
「ちっ!南がこんな奴だったとは、がっかりだわ。もういいや、行こう」
堺とその取り巻きたちは、この場を去っていった。
もういい……。お前たちは、二度と俺らの前に現れるな……。
俺は涼風を痛いほど抱きしめた。
「ごめんな……ごめんな、涼風。俺が涼風に辛い思いなんかさせないとか言っておきながら、結局涼風を守れなかった……」
「そんなことないですよ。謙人くんが来てくれなかったら、私はもっとひどいことをされていたと思いますから。だから、自分を責めないでください。謙人くんが私を守ってくれたんですよ」
「涼風っ……!ごめんな、ごめんな……」
涼風は何も言わずに俺の頭を撫で続けてくれた。
それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。辺りはほんのり夕焼け色に染まり始めていた。俺は涼風を抱きしめていた腕を緩め、彼女の顔を見つめた。左の頬が痛々しく腫れあがっている。
「涼風に情けないところ見せちゃったな……。俺が泣きじゃくってさ……」
涼風が泣くのを俺が慰めるなら分かるが、なぜか当事者ではない俺が泣いて、当事者の涼風に慰められるとは……なんとも恥ずかしい。
「情けなくなんかないですよ。謙人くんがこんなにも私の事を大切にしてくれるって分かって、とても嬉しいです……」
「涼風……」
「んっ……」
俺は涼風にキスをした。彼女が俺に与えてくれる優しさの数々がたまらなく愛しく思える。
「さて……それじゃ、涼風はまず、保健室だな。放置してたら余計に痛くなっちゃうといけないし」
「ごめんなさい……」
「なんで涼風が謝るんだよ。悪いのは全部あいつらと涼風を守れなかった俺。涼風はなんにも悪くないよ。痛かっただろう?ごめんな、涼風にこんな傷つくらせちゃって……」
涼風は首を横に振った。
「それなら謙人くんも悪くないです。謙人くんは私を守ってくれたんですから」
俺は立ち上がって、涼風に手を差し出した。
「それじゃあ、俺らはどっちも悪くないってことだな。立てるか?」
涼風は俺の手を掴んで立ち上がろうとしたが、地面に倒れた際に、足をひねってしまったらしく、立ち上がることが出来なかった。
あいつら……まじで許さない。涼風をこんなに痛めつけやがって……!
「謙人くん、ごめんなさい。立てなさそうです……」
「分かった。それじゃ、よいしょっと」
俺は涼風の背中と膝裏に手をまわして持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。
「すぐに保健室に連れてってやるからな。痛むか……?」
「足が少し……。ほっぺたはもう何ともないですが……」
「全く、涼風の可愛い顔にこんな傷つけやがって。許せん……!」
すると涼風は少し不安そうな顔をした。
「あ、あの……謙人くんは、こんな、顔に傷がある女の子、嫌ですよね?」
「あぁ、嫌だよ」
「えっ……」
俺からの返事が予想外だったのか、涼風は固まってしまった。俺は話を続けた。
「涼風に傷があるなんて、とても耐えられない。だから、はやく治さないとな。……それに、言っただろう?俺は涼風を外見で好きになったわけじゃない。もちろん涼風はとっても可愛いと思うけど、俺は涼風の全部が好きになったんだから。だから、涼風に傷があることは見てて耐えられない」
涼風の頬がほんのりと赤く染まった。これは多分、傷ではないだろう。
「ありがとうございます……。私も、謙人くんの全部が大好きですよ」
「涼風……!本当に、無事でよかった……!」
やばい……また涙が出てきそうだ……。かっこ悪いなぁ、俺……。
「失礼します。先生、傷の手当てをお願いします」
先生は椅子に座って暇そうにしていた。誰もいなくてよかった。今の涼風は、誰にも見せたくない……。
「あらま!痛そうねぇ……。なにかあったの?」
涼風が困ったように、俺の方を見た。言うべきがどうか悩んでいるようだ。
俺は首を横に振った。この件は、先に職員室に持っていったほうが良い。ここで話を広げても、ややこしくなるだけだろう。
「えぇ、まぁ、ちょっとありまして……」
非常に歯切れの悪い返事ではあったが、先生はそれっきり何も聞いてくることは無かった。
「よし!これでほっぺは治療終わり!そんなにひどくないから、明後日には元に戻ると思うよ」
良かった……。もしこれで消えない傷だとか言われたら、俺間違いなくあいつらをボコボコにしてたわ……。
「あと、足もひねっちゃったようなので、そっちも手当てをお願いします。僕ちょっと行かなければいけないところがあるので、一旦出ますね」
「えっ……行っちゃうんですか……」
涼風がとても不安そうな顔で聞いた。俺は涼風の近くまで行って手を握った。
「ちょっとだけ待っててくれ。必ず戻ってくるから。そしたら一緒に帰ろう?」
「はい……。待ってます……」
涼風を不安にさせてしまうのはいささか良心が痛んだが、これは俺が一人でやるべきだろう。
俺はさっきコピーしたものを取りに図書館の近くまで戻り、それと一緒に窓際に立てかけておいたスマホを回収した。その画面は、いまだに撮影中になっている。
俺はその二つを持って、職員室へと急いだ。
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