第51話 望まぬ再会

「な、なんで……」


 驚いて、声も出てこない。なぜこの人たちがここにいるんだ?彼らは俺を置いて海外に行ってしまったのでは……?


「謙人か?謙人なのか⁉どうしてこんなところに⁉」


 父さんが声を荒げた。それを聞きつけて、涼風が不安そうな顔をして俺の方へ近寄ってきた。


「謙人くん……この人たちは……」


「俺の両親だ……」


 涼風が隣で固まってしまった。彼女にも大方は話してあるから、きっといきなり来たことに驚いているんだろう。


「謙人!いますぐ家に戻ろう!話したいことがあるんだ」


 何をいまさら……。俺はもう、顔すら見たくないっていうのに……。


「バイト中なんで、お引き取りください。仕事の邪魔になります」


「じゃあ、終わるまで中で待たせてもらうよ。お客としてなら断れないだろう?」


 憎悪が、心の底から湧き上がってくる。何なんだ、この人たちは。なぜ今になって戻ってくるんだ⁉俺はようやく、涼風やいろんな人たちのおかげで、前を向けるようになったというのに……。


「コーヒーを二つ頼むよ」


 何食わぬ顔をして俺に話しかけるこの人たちが本当に憎い。俺がどれほど思い悩んだのか、全く知らないこの人たちが本当に嫌いだ。



「謙人くん……今日はありがとね?もう大丈夫だから、上がっていいわよ?」


 店長さんも、ただならぬ気配を感じたんだろう。気を利かせてそう言ってくれた。


「お気遣いいただきありがとうございます。でも、もう少しやらせてください。今行っても、彼らと冷静に向き合える自信がないんです……」


「わかったわ。好きなだけいてちょうだい。自分のタイミングで、自分ができそうだと思ったらやればいいわ」


「ありがとうございます……」


 温かい、と思った。本当に俺の周りは優しさに満ちている。乱れていた鼓動も落ち着いてきた。よし!これなら大丈夫そうだ。


「店長さん、お言葉に甘えて、ここで失礼させていただきます。あまりお役に立てませんでしたが……」


「そんなことないわ!二人がいてくれて、今日は大助かりだったわよ!今度は是非、お客さんとしても来てちょうだいね?……それで、これ。今日のバイト代ね。ちょっとだけ上乗せしておいたから、これで二人でどこか行ってきなさい」


「「ありがとうございます……!」」


 初めてのバイトがここでよかった。心の底からそう思った。




「終わりましたよ。それで、家に帰るんですか?」


 俺たちが奥から出てくると、二人はまだ席に座っていた。


「それじゃあ、行こう。……そちらのお嬢さんは?」


 きっと、これからのためにも、涼風にはいてもらったほうが良いだろう。というか、いてもらわないと俺が不安だ。


「涼風、もしこの後予定がなければ、一緒に来てもらえないか?」


「わかりました。私も一緒に行かせてもらいます」


 俺たちは、一言も喋ることなく、家まで戻った。ドアを開けて、玄関に入る。本当なら、自分の家に彼女を連れてくるという最大のイベントなはずなのに、俺の心が躍ることは一度もなかった。むしろ、逆だった……。


 全員でリビングまで行って、各々腰かけた。しばらく沈黙の時間が続く。


「さて、謙人とこうしてちゃんと話すのはいつぶりかな?僕も久しぶりで、何から話せばいいのか、まだ迷ってるところなんだけど……」


「単刀直入に言ってください」


「そうだね。話っていうのは、他でもない、僕たちが謙人にしてしまったことへの謝罪だ。正直、謝って許されることではないと思う。今まで、謙人に辛い思いをたくさんさせて、本当に申し訳なかった!」


 二人は深々と頭を下げた。自分の目が熱くなるのを感じた。どうして?なんで今になってなんだ?


「どうして、どうして今頃!」


「実はね……僕の古い友人で、今の謙人を知るっていう人から連絡をもらってね。謙人がすごく苦しんでるって。それは僕たち親のせいで、仕事を優先して、子どもをぞんざいに扱うとはどういうことだ!って怒鳴られてね。でも、それで気づいたんだ。本当に大事なのは、仕事なんかじゃなくて謙人なんだってね」


 心の中で、どうしても取ることができなかったつかえがすうっと消えていくのを感じた。あふれる涙を止めることはできなかった。


「なんで!なんで今になって!俺は、俺はずっと!苦しかったっていうのに!」


「ごめんな……本当にごめん、謙人」


 母さんは何も言わずに俺を包み込んだ。そこには確かに、温かさを感じた。


「それで俺たち、海外での栄転を全部断って、日本に帰ってきたんだ。だから、これから少しづつ、謙人に今までしてやれなかったことへのせめてもの罪滅ぼしを俺たちにさせてほしいんだ」


 俺の中から、憎しみや苦しみという感情は消えてなくなった。ただ、そこには涙しか出てこなかった。


「罪滅ぼしなんか、どうでもいい!俺はただ、二人にいてほしかっただけなんだ!話を聞いてほしかっただけなんだ!それなのに、それなのに……!」


 俺の奥底で眠っていた感情は、蓋を外した今、煙のように広がり、止まるところを知らなかった。

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