第50話 初のお仕事!②
「大きな声が聞こえたけど、何かあったの?」
店長さんがこの子の声を聞きつけて慌てて奥から出てきた。ひとまず、店長さんに任せよう……。
「お客様が、連絡先を交換したいと……」
店長さんはさっき自分が言ったことを思い出したのか、少し驚いたような顔をして、俺たちに代わって対応してくれた。
「申し訳ありませんが、今は営業時間中ですので、従業員への私的な要望にはお答えすることができません。その点はご了承いただけますか?」
流石は店長さんだ。少しも動じることなく、かといってそのお客さんに失礼がないように見事に対応している。こういう強さって、すごいかっこいい……!
「そのかわり……営業時間外でしたらいくらでもアプローチしていただいて構いませんよ?」
おい、店長。俺の誉め言葉を返せ!え、この人今、普通に楽しんでるよね?
「店長さん?何を言ってるんですかね?」
「そういうことですから、今回はお引き取りください。それでは、お会計をさせていただきますね」
なに悠然と会計をしているんでしょうか?
「それじゃ、今日は時間がないんで、また今度、終わるまで待たせてもらいますね?」
あなたもあなただよ。今、堂々と大勢の前で待ち伏せ宣言したんだからね?このお店、俺とは価値観が違う人たちが多すぎて、嫌になるわ……。
「け、謙人くんが……!と、盗られて……!私はどうしたらいいのでしょうか……?」
しまった!涼風のことすっかり忘れてた!しかも、相当メンタルやられてるよね?
「大丈夫だ、涼風。俺は絶対なびかれないし、涼風から離れないから」
「で、でも……そんなの分からないじゃないですかぁ……」
どうしたものか。とりあえず、まだお客さんはいるから休憩は取れないしな……
「すいませ~ん!注文したいんですけど~」
あぁ、まずい!注文行かなきゃいけないけど、涼風のことも放ってはいけない!店長さん、どこ~?
「は~い!今伺いますね」
いた。あ、さっきの人のテーブル片付けていたんですね……。俺も手伝わないと!
「謙人くん!涼風ちゃんは私に任せてもらって、注文お願いしてもいいかしら?」
「わかりました!お願いします!」
この人に任せるのは、正直なところ不安もあるけど、今は同じ女性に任せるのが良い気がした。
案の定……。
「謙人くん!先ほどは取り乱してしまってごめんなさい!もう大丈夫なんで、頑張ります!」
「お、おぅ……。それは良かった……」
あの人は一体、涼風に何を吹き込んだんだ?心配で仕方がないけど……元気になったみたいだし、それでいいか!
それから三十分ほど働いて、お客さんがみんな帰っていったため、俺たちはそこで休憩をもらった。
休憩室に入るとすぐに……
「謙人くん!」
涼風が飛びついてきた。俺は慌てて受け止めて、なんとか転ぶのを防いだ。
「どうした、涼風?」
「やっと、こうできました。さっきは不安で不安で、泣いちゃうかと思いました……」
「そういえば、店長さんになんて言われたんだ?」
あんなに泣きそうだった涼風が一気に回復するなんて、一体なにを伝えたんだろう?それとも、実は癒し系?いや、それはないな。
「店長さんに、謙人くんが他の人を見る余裕なんてなくなるくらい、私がアピールしまくればいいんだって言われて」
そういうことだったのか。それで涼風は落ち込んでなどいられないと思って……。店長さん、ナイス!と言っておこう。
「そもそも俺は涼風しか見えてないんだけどね?で、それで今抱き着いてきたの?」
「はい……嫌でしたか?」
「幸せ過ぎてやばい。涼風がそんなに俺のこと想ってくれてるなんて……!もう、涼風が心配するのとは反対に、俺はどんどん涼風のことが好きになっていくよ」
俺も涼風の背中に手をまわした。涼風のいい匂いがする……。
「でも俺も、涼風が他の人に言い寄られてるの見ちゃったら心配になるなぁ……。そもそも俺が、そんな隙は与えないんだけどね?」
「はい!私の中も、謙人くんへの愛でいっぱいですよ」
俺は涼風をもっと強く抱きしめた。
「謙人くん……」
お互いの距離がどんどん近づいて……そして……
「二人ともお疲れさま!意外とお客さん多くて……ってまぁ!」
おい、俺は今、漫画の世界に飛び込んできてしまったのか?店長さん、いかにもべたな展開をどうもありがとう。
「「し、仕事に戻りますね!」」
俺らは二人で顔を真っ赤にしながらお店の方へ戻った。
「若いっていいわねぇ……」
そんな呟きがぼそっと聞こえたような……。
さて、それからは終始穏やかだった。お客さんもコーヒーを飲みに来る程度で、俺たちは二人、テーブルから少し離れたところでおしゃべりしていた。たまに注文が来ると、交代で聞きに行って、そのたびに「あなたたち、付き合ってるの?」みたいな感じで冷やかされて。そんな感じで、実に楽しくバイトをしていた。
そして、もうそろそろ俺たちのバイトも終わるという頃になって……
「いらっしゃいませ~!」
「まだ入れますか?」
「はい、大丈夫です……えっ?」
そこにいたのは……
海外へと行ってしまったはずの、俺の両親だった。
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