第48話 康政の頼み

「んで、頼みって何なんだ?言っておくが、涼風を危険にさらすような事だったら、すぐにお断りさせてもらうからな」


「謙人くん……」


「ヒューヒュー!謙人ったら、すっかり彼氏気取っちゃって!都合のいいやつなんだからっ!」


 あれ、こいつって今、立場大分低いんじゃなかったっけ?


「よし、涼風。こいつ、俺らに用ないみたいだし、洋服見に行こうか?」


「ちょ、ちょっと待てって!悪かった、揶揄って悪かったからさぁ……」


 ふん!立場というものをわきまえるんだな、康政よ。ちなみに俺の中では、涼風は神にも匹敵するほどの立場だと思ってます。だって、ねぇ?


「で?早く話してくれよ。もったいぶらないでさ」


「そうだな。実はさ……明日一日だけバイトを頼まれてくれねぇか?」


 その内容は、簡単に言うとこうだった。

 康政の親戚に、洋食店を経営している叔母さんがいて、明日はその店の従業員が誰も来れないから、康政に急遽手伝いに来てもらいたいと頼んだそうだ。でも、こいつは相変わらずの女たらしだから、明日はすでに誰かと遊ぶ予定があるという。そこで、誰か頼めそうなやつがいないか探してるときに、たまたま俺たちに出くわしたらしい。


「……ということなんだが、お願いできないか?もちろん、給料は出すって叔母さんも言ってるからさ」


「バイトねぇ……。涼風はどう思う?」


「困っているなら手伝ってあげたいです……!私でお役に立てるかは分かりませんけど」


 俺は涼風の頭をそっと撫でた。


「涼風は優しいね。……じゃあ、一緒にやってあげようか!」


「おぉ!まじありがとう!助かった!」


 康政もなんだかんだで叔母さんが心配だったらしい。根は優しいやつなんだよな、そうじゃなきゃ、俺だってきっと立ち直れなかったから。


「よし!じゃあ明日、がんばろう!」

「はい!」





「「こんにちは~」」


「こんにちは。あなたたちが康政くんのお友達ね?」


 そのお店にいたのは感じの良いご婦人という感じの人だった。この人が康政の叔母さんか……


「はい。南謙人です。康政とは中学からの知り合いで」


「そうなのね。康政くんから「謙人をガンガン使ってくれ!」って頼まれているわ」


 あいつ……人のことを何だと思っているのか……。


「それで、そちらの美人な女の子は?」


「姫野涼風さんです。僕の彼女です。康政とは昨日が初めてだったんですが……」


「まぁ!ごめんなさいねぇ。せっかくの休みの日だってのに、二人の時間を邪魔するようなことしちゃって」


「いえ、大丈夫ですよ。僕たち、ずっと夏休みで毎日のように二人で遊んでますから。それに、涼風と一緒にいられるだけでも十分嬉しいんですよ」


「素敵な彼氏さんねぇ……。涼風さん、ここ結構若いお客さんも来るから、盗られないように注意しなきゃダメよ?今ちょっと話しただけでも見た目だけじゃなくて心の中もかっこいいって分かっちゃうくらいなんだから」


 涼風はすごく心配そうな顔をしている。


「大丈夫だよ、涼風。俺はどこにも行かないから、安心して?」


「心配です……。謙人くんが……」


 困ったなぁ。すっかり涼風が元気をなくしてしまった。いったいどうしたら……


「ごめんなさいね?別に脅すつもりはなかったんだけど……。二人はできるだけ休憩を同じタイミングに取ったり、お互いに目が届く位置にいられるように調整するから、そんなに怯えないで?謙人さんも、それならいいでしょう?」


「はい、お気遣いありがとうございます。涼風、ずっとそばにいるから、大丈夫だからな」


 涼風もようやく落ち着いてきたようだ。


「はい。ごめんなさい、ちょっとびっくりしてしまって。店長さんも、ありがとうございます」


「気にしないで。元はと言えば、私がまいた種なんだから。……それにしても、本当に仲が良いのね、二人は」


「はい。実は、もう涼風の両親には将来貰いますって話をしているんです」


 なぜだろうか?こんな話をするつもりはなかったのに、気づけば勝手に口が開いていた。こんな話、ただの惚気てるバカって思われる……。


「まぁ!こんなに早くから結婚の約束だなんて!眩しいわねぇ、二人とも!」


 あ、意外と乗ってくれた。助かったぁ……。


「じゃあ、もう親同士も交流があったりするのかしら?康政君からは全然そんな話は聞かされないから、興味が尽きないわぁ!」


 そっか……。普通は親同士も挨拶したりするのかな……?


「ははっ……。まぁ、そんなところですかね……」


 これに関しては、話すべき内容ではないだろう。でも、来るべき時にはしっかりあの人たちとも向き合わないとな……。


「さて!じゃあ、そろそろ開店準備を始めるわよ!二人とも、今日はよろしく頼むわね!」


「「はい!頑張ります!」」



 俺と涼風の、一日限りのバイトが始まった。

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