第44話 次来るときには……

 翌朝。部屋に入ってくる眩しい朝日に目覚めた。


「二人とも~!朝ご飯で来たわよ~!」


 あ、そういえば俺、涼風の家に来てるんだった。……って!どういう状況よこれ⁉


 俺は涼風に思いっきり抱き着いている。そこまでは何もおかしくない。だって、昨日の夜から抱き枕として利用させてもらってるからね?問題はそこじゃない。……涼風も俺に思いっきり抱き着いている。要するに、知恵の輪みたいな状況になっている。


「う、う~ん……けんとくん。しゅき……」


「ぐはっ!」


 可愛すぎるぅぅぅ!涼風が可愛すぎるぅぅぅ!……ごほん!朝早くから失礼しました。でもさ、可愛すぎじゃない?寝ながら「しゅき」とか言ってくれるの、天にも召されるような幸福感だよ?


 コンコン。


 おっと!亜紀さんが降臨した。ちなみに俺たちはというと、武器も防具もない完全にレベル1プレーヤー。しかも涼風はまだ夢の中で、俺も涼風に抱き着かれているから身動きが取れない。


 ……あれ?これ戦う前から負けてね?


「入るわよ~。あらあら二人とも!朝から大胆ねぇ!」


 秘儀、寝たふり!ふふふ、流石の亜紀さんでも、我の完璧な寝たふりを見抜くことは不可能だろう?


「涼風~起きなさい!謙人くんも、寝たふりなんかしてないで、涼風起こして下に来て~」


 え?俺の寝たふり、ばれてたの?



 その日俺は、改めて亜紀さんには絶対に勝てないことを悟りました。





 さて、そんな風に至極穏やかに、涼風の家での夏休みは過ぎていった。初日に花火大会に行ったっきり、それからはどこにも出かけずに二人でのんびり家の中で過ごしていた。何をしてたかって?まぁ、いつも通りのことと答えておこう。


 そして、今日は自宅に帰る日。朝からここに持ってきた荷物なんかをまとめている。もう夏休みも残り半分を切った。楽しい時間というものは本当にあっという間だ。


「さて、準備も整ったことだし、まだ帰るには早いだろう?少し話さないか?」


 義治さんがそう誘ってくれた。


「はい。俺も是非そうしたいです」


 俺たちはリビングで少しお茶をすることにした。


「謙人くん、来てくれてありがとうね。私たちも家がにぎやかになってとても楽しかったよ」


「こちらこそありがとうございました。俺も、義治さんや亜紀さんと一緒にいれて、楽しかったです!もちろん、涼風とも」


 ちゃんと言わないと、拗ねちゃうからね?意外と嫉妬するところも涼風たんの可愛さなんです。


「私も楽しかったです。お父さんとお母さんと一緒にいても楽しいですけど、謙人くんが来てくれたから、もっともっと楽しかったです!」


 可愛いなぁ。よしよし。


 ニコニコの笑顔で喋る涼風の頭を優しくなでた。涼風も俺の方に頭を寄せて、すりすりしてくる。なんだか、猫みたいだ。


「二人は本当に仲が良いんだね。なんか、見ていて安心するよ」


「そうねぇ。早く孫が見たくなってきたわ!男の子と女の子、両方欲しいわねぇ」


「そうだね。僕もどっちも見てみたいかな」


「「な、なんでそういう話になるんですか!」」


 セリフがかぶってしまった。それを聞くと、義治さんたちは噴き出した。


「あはは。言うことまで一緒なんて、どこまで気が合うのさ!」


「ほんとねぇ。びっくりだわ!」


 なんか、すごく恥ずかしい……。でも、気が合うってのは嬉しいもんだよな!



 それからしばらく他愛もない話や、涼風の編入試験が近いことを話した。ちなみに、対策はばっちりらしい。両親も、そこは心配していないようだった。


「それじゃあ、そろそろかな?」


 義治さんの一言をきっかけに、お開きとなった。俺たちは荷物を取って、玄関に向かった。


「本当にありがとうございました。また是非、誘ってください!」


「お父さん、お母さん、また来ますね」


「謙人くんも涼風も、ありがとね。楽しかったよ」


「また来てちょうだいね!」


 あ、そうだ。まだ言ってなかったな……。


「義治さん、亜紀さん!次来るときには……涼風をもらっていきますから、よろしくお願いします!」


「け、謙人くん⁉」


「おっ、そうか。じゃあ、その時を楽しみに待ってるよ」


「ええ。二人とも、仲良くね?」


 俺は呆然としている涼風の手を握って姫野家を後にした。




「よし!到着~!」


 涼風のマンションに着いたのは、6時を回るころだった。なんだかんだで長居したようだ。


「疲れたか、涼風?大丈夫?」


 涼風も久しぶりに帰省したからか、少し疲れているようだった。


「大丈夫ですよ。それに、今日はもうどこにも行きませんから」


「それもそうだね。じゃあ、俺も今日は帰ろうかな。家の方も空けてたから心配だし」


「そうですね。また別の日にしましょうか」


「また寝る前にでも連絡するから。じゃあ、またね」


「はい……」


 う~ん、涼風がどこか寂しそうだ。そりゃ、いきなり一人になったら寂しいか。


「涼風」


 俺は涼風が顔を上げた瞬間に、その柔らかな唇を奪った。


「俺も涼風と会えないのは寂しいな……。明日、また来てもいい?」


 涼風は顔を赤らめながらも、嬉しそうに頷いてくれた。


「ありがとう!じゃあ、また明日ね!」


「あ、謙人くん!待って下さい!……あの、ちょっと目をつぶってもらえませんか?」


 俺は言われたとおりに目をつぶった。いったいどうしたんだろう?……と、自分の唇に柔らかい感触がした。驚いて目を開けると、目の前に涼風の顔があった。


「お礼です。私が寂しいのに気づいて言ってくれたんですよね?ありがとうございます。謙人くんのこと、本当に大好きです」


 俺はもう一度、涼風にキスをした。


「じゃあこれは俺からのお礼ってことで。俺も寂しいのは本当だよ。涼風が大好きだからね?じゃあ、また明日」


「はい……!」


 手を振りながら、俺は自分の家に向かって歩いた。


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