第34話 水辺の天使②

 俺は近くのベンチを見つけると、そこに涼風を下ろして、自分も隣に腰掛けた。


「涼風、大丈夫か?」


「まったく、大袈裟ですよ謙人くんは。……でも、ありがとうございます。嬉しかったです」


「当たり前だろ。涼風に何かあったら、俺はもう生きていけないよ。それくらい君のこと大事に思ってるんだから」


 涼風はあたふたしだした。


「も、もういいです!わ、わかりましたから!恥ずかしいので……」


 俺はぽんぽんと涼風の頭に手を置いた。


「よし!じゃあ、プールに戻るか!」


 戻ってからはさっきみたいにならないように、なるべく混んでないほうへと流されていった。だが、やはり人が多くて、思う存分とまでは遊ぶことができなかった。


「そろそろご飯にするか」


 気づけばもう十二時半になるところだった。流れるプールでただのんびり流されているだけなのに、思ったよりも時間は早く進んでしまっていた。


「そうですね!」


 涼風はプールで楽しいのか、すっかりテンションMAXだ。今も軽やかにプールサイドへと上がった。俺もすぐに上がって、涼風の横にぴったりくっつく。こうしないと、涼風に変な虫が寄り付いてきてしまう。それだけは何としても避けなければ!


「いらっしゃいませ~!」


 俺たちはプールサイドにある小さな出店でお昼ご飯を買った。俺はフランクフルト、涼風は菓子パンのようなものを買っていた。この後も水に入るからできるだけ軽めにしておかないとな。


 そのままさっき座ったベンチに移動して、そこでそれぞれ食べた。残念ながら、今回は場所も食べ物にも難ありだったため、食べさせるのはお預けだった。それを言ったら涼風はすごく残念そうにしていたから、これはどこかで埋め合わせをしてあげないとな!


「ちょっとこのごみ捨ててくるから待っててくれるか?」


 フランクフルトの棒をずっと持っているのは邪魔くさかったから、俺は近くのごみ箱までそれを捨てに行った。だが……その一瞬を油断していた。


 戻ってきたら、涼風が知らない男に話しかけられていたのだった。まだ良かったのは、今回は数が一人だということだろう。俺はすぐさま駆け寄って、そいつと涼風の間に入り込んだ。


「おまたせ涼風!」


「おいおい何割り込んできてんだ……って、お前、南か?」


 おいおい!嘘だろ⁉


 何とそこにいたのは、同じクラスの岸田だった。おまえ……こんなところで……


「やめろっ!そんな哀れなものを見るかのような目でおれを見るなっ!」


「岸田……お前暇なのか?」


「そ、そんなわけないだろ!俺は毎日毎日彼女を作ろうと必死で探し回ってんだ!」


 それでわざわざこんなところまで……。本当に暇人だな。


 涼風は何がどうなっているのかよくわからないような顔をしていた。


「涼風、こいつは俺のクラスメイトの岸田だ。馬鹿が変なことしてごめんな?それから岸田。この子は俺のだから、悪いけど他をあたってくれ」


「お、俺の……!」


 涼風がそのフレーズに反応して、顔を真っ赤にさせた。……可愛い。


「はぁ……。まさか南にこんな彼女がいたなんて……。仕方ない。今日はもう帰るわ……」


 どうやらもう帰るようだ。本当にこいつは何をしに来たんだ?なんか心配になってきたぞ?


「おい岸田。お前、一人で帰れそうか?」


「なっ!馬鹿にすんじゃねぇよ!ひとりで帰れるわコノヤロー!……あ、それと、彼女さんに忠告だけど、南のこと狙ってるように見えるやつ、クラスに何人かいるから気を付けたほうが良いぜ。まぁ、南が盗られたら俺のところ来なよ、いつでも空けとくから」


「大丈夫だ涼風。俺が涼風以外になびくことは絶対にない!」


「分かってますよ、謙人くん。それに、謙人くんが盗られそうになったら、こうしちゃいますもん!」


 そう言って涼風は俺に抱き着いてきた。


「うおっ!」


 なんか、柔らかいものが……!って、いかんいかん!俺はやましい目で人を見ることなど絶対にしないんだ……!


「こうすれば謙人くんは盗られません!……でも、謙人くんは束縛するタイプの女性は嫌ですよね……?」


 確かに、どちらかと言えばそんなにだけど……


「涼風になら縛られてもいいかも」


「ふぇっ⁉」


 しまった、心の声がつい漏れてしまった!涼風は顔を真っ赤にしながら言った。


「わ、私は謙人くんを縛るようなことはしないですからっ!それと、他の女の子とも話しても何とも思いませんから……」


 それは嘘だろうな。涼風、すごく辛そうな顔してるんだもん。


 俺は涼風の背中に手をまわして、ぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫だよ、涼風。俺は涼風しか見てないから。それに、夏休み明けには一緒の学校だろ?いっつも二人でいれば、誰も話しかけようとはしないって」


 涼風は抱きしめる力を少し強くした。


「謙人くん……いなくならないでくださいね?」


「大丈夫。ずっと一緒だよ、涼風」


「はい!」


 あれ?俺、何か忘れてないっけ?……まあ、いっか。今は何よりも涼風が最優先だもんね!





 そのころ、岸田はというと……


「なんでこの世はこんなに不公平なんだ~!南にあんな可愛い彼女がいるなんて!神は美男美女にしか恩恵を与えないというのか!」


 喚きながら自宅への道を歩いていたらしいです、はい。

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