【第一章エピローグ】 告白

 マンションが見えてきた。最後の距離を俺は一気に駆け抜けた。


「謙人くん!早かったですね」


 涼風も俺がこんなに早く来るとは思っていなかったのだろう。驚いているようだった。


 呼吸を整えてから、彼女に向き直った。


「おまたせ、涼風……」


 やばい、めちゃくちゃ緊張する……


「「あの……!」」


 しまった……!タイミングがかぶってしまった。


「す、涼風。俺から言わせてもらってもいいかな?」


 他の事ならどんなことでも涼風を優先してあげたいところだが、これだけは譲れない。


「どうしても、俺が先に言いたいんだ」


 涼風は少し迷っているようだった。


「わ、分かりました。……それで、話っていうのは」


 もう気付いているのだろう。涼風はどこか期待したような目で俺の方を見つめていた。


「うん、まずは結果から先に話したいんだけど……」


 それから俺は、今日の同窓会でのことを話した。

 ……みんなから驚かれたこと、昔仲良かった人と会えたこと、それから、彼女と話したこと。


「なんか、話すまでは、怒り狂っちゃうんじゃないかって心配だったんだけど、全然そんなことなかったよ。彼女から何であんなことしたのかとか理由を聞いても、全然平気だった……」


 涼風が嬉しそうに答えた。


「謙人くんがそれだけ強くなれたということなんですよ!私も何だかうれしくなってしまいます!」


 人の喜びをこんなにも自分の事のように感じて、心の底から相手を祝える人など、この世になかなかいないだろう。たいていの人は、自分と比較して僻んだり、表面上の祝福に過ぎない。


 涼風は本当に心がきれいなんだろう。……きっと俺は、その涼風の澄み渡った心に惹かれたんだ。


「涼風、俺がこうして強くなれたのは、全部涼風のおかげなんだ。本当に、感謝してもしきれない……!」


「私は何もしてませんよ。勇気を出して立ち向かえたのは、謙人くんが強くなれたからです」


 本当に君は……


「好きだ!涼風、君のことが好きなんだ!涼風のことが愛おしくてたまらない!

 だからっ……俺と、付き合ってください!」




 夜風が、俺と涼風の間を通り抜けていった。つられるように、俺は視線を前に向けた。


 そこには……涙を流しながら、嬉しそうに微笑んでいる、俺の最愛の女性がいた。


「じゃあ、次は、私の番ですね……」


 そう言って涼風は話し始めた。


「初めて会った時は、正直、怖かったんです。あの事があってから、どうしても男性を意識的に避けるようになってしまって……。でも、あなたは違いました。謙人くんはどこか、他の男性とは違うような気がしたんです。だから、気になって、もっと話してみたいって思って……。そうしたらいつの間にか、謙人くんのことが好きになっていました」


「っ……!」


「お父さんたちに話すとき、謙人くんが側にいてくれて、とっても嬉しかったんです。今日も、一緒にご飯を食べられて、とっても幸せでした。……でも、私はわがままなので、謙人くんともっと一緒にいたいって思ってしまいます。……だから、こんな私でよかったら、是非よろしくお願いします……!」


「涼風……!」


 たまらなくなって、俺は涼風を抱き寄せた。自分の愛おしい人が、自分のことを愛おしく思ってくれている。こんなに幸せなことは無い。


 その温もりを忘れたくなくて、俺は涼風を抱きしめる腕に力を込めた。負けじと涼風も力を込めて、ぎゅっと抱き着いてくる。


「涼風……、好きだよ。大好き」


「えへへ……、私もですよ、謙人くん。大好きです……!」


 互いの気持ちが通じ合った瞬間、この世界には俺たち以外に誰もいないのではないかという錯覚に陥った。俺たちはお互いの事しか見ていなかったのだから……




 一体いつまでそうしていたのだろうか?

 幸い、マンションへと帰ってくる人はいなかったため、マンション前で抱き合っている光景は誰にも見られることは無かった。だが、互いにだんだんと羞恥心がよみがえり、今の状況に恥ずかしさを覚えた俺たちはどちらからともなく離れた。


 ……といっても、手を伸ばせば簡単に触れられる距離にいた。




「なぁ、涼風。明日、デートしないか?」


「で、デート!い、行きたいです!」


「じゃあ、明日、またここに迎えに来るからさ」


「はい!楽しみにしています!」


 俺は涼風の頭を撫でた。涼風はくすぐったそうに少しビクッと身体を震わせたが、すぐに顔をトロンと蕩けさせた。


「じゃあ、今日は遅いからもう帰るね?」


「はい、また明日です!」


 可愛いな……。あぁ、もう、最高!


「涼風、愛してるよ……!」


 途端、涼風の顔が真っ赤になった。俺はその顔を拝むと、涼風に背を向けて歩き出した。


 と、背中に声がかかった。


「謙人くん!わ、私も、謙人くんの事、あ、愛してますからっ!」


 自分の顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。これは想像以上に恥ずかしい。


 俺は背を向けたまま、軽く手を上げてそのまま帰っていった。……この顔は、涼風には見せられない。



 君と出会って、三カ月。人によってはそれだけの期間で交際に進むのは早すぎると感じる人もいるかもしれない。でも俺は、十分だと思う。両者が気持ちを通わせているのなら、そこに期間の長さなどは存在しない。ただ、お互いをどれほど想っているかということだけだろう。


 もちろん、だからといって、俺はこの涼風と過ごした三カ月がどうでもよかったなんて毛頭思わない。だが、一つだけ確かなことがある。


 俺たちなら、俺と涼風なら、間違いなく、これまでもこれからも、どんな困難も乗り越えて幸せになることができるということだ!




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