第16話 両親と対面①
いつもと同じような平日を終えて、土曜日。俺は涼風が住んでいるマンションの前に立っていた。あの日から、もう何回も来ているため、すっかり見慣れてしまい、入るときにためらうこともなくなったが、今日だけは違う。
涼風のご両親が来るのだ。時間は伝えられていなかったため、もうすでに来ているかどうかはわからないが、どうしても緊張してしまう。
流石にお父さんにぶん殴られたりしないよな……?
涼風とは健全な友達付き合いのため、咎められるようなことはないとは思うが、不安なものは不安である。
ここでおどおどしてても仕方がないよな……。それに、今日は涼風をサポートしてあげないといけないんだから、俺がしっかりしないでどうする!
よし……!
ピンポーン
「はい、どちら様ですか?」
「おはよう涼風。謙人だ」
「あ、謙人くんでしたか。今開けますね!」
涼風がドアを開けてくれた。ここのところはつらい気持ちも和らいだのか、笑顔でいることがずっと多くなった。
「おはよう、涼風。ご両親はまだかな?」
「おはようございます、謙人くん!お父さんたちはまだですね。……今日の謙人くんは、いつもよりもイケメンさんに見えます」
「そうか、なら良かった。流石にちゃんとしていかないとと思ってな。娘の友達が変な奴だったら、ご両親も心配するだろう?」
いつものように、無造作な格好で対面するわけにはいかないと思い、一応おしゃれをしてみたのだが、どうやら涼風には好印象らしい。ひとまず安心だ。
「上がって待っていましょうか。もうすぐ来ると思いますよ」
「そうだな、お邪魔させてもらうよ」
最近は、リビングのソファーが俺の定位置になっている。涼風は、あの日は向かい合って座っていたのだが、あれからは一緒にソファーでくつろいでいる。いい匂いがして、正直色々とやばいが、そこは俺の中の強靭な理性がしっかりと働いてくれているから、何があっても間違えることはない……きっと……。
だって、想い人が隣にいるんだよ?そりゃ、気にしまくるでしょ?
「どうしたんですか、謙人くん?何か、難しい顔をしてますけど」
「あぁ、何でもないよ……。それより、ご両親に涼風が自分で喋るか?」
俺が喋っても全然いいのだが、そこは涼風の意志を汲んであげたい。
「はい……話せるところまでは自分で話そうと思います。もし、ダメそうだったら、謙人くん、お願いします……」
「分かった、心配しないで大丈夫だよ。涼風の気持ちはきっと伝わるから」
最近はすっかりとお気に入りになっているらしい、頭なでなでをしてあげると、涼風は嬉しそうにした。
「えへへ。謙人くんがいてくれるなら、なんだか大丈夫な気がします!私も頑張ります!」
危ない危ない……。勘違いしては駄目だ。涼風はあくまでも友達として俺のことを見てくれているんだ。この関係が続くなら、それでもいいじゃないか。
何度、好きだと言いそうになったことか、何度、こうして自分に言い聞かせたことか。涼風から向けられる笑顔に何度心を奪われたことか。
……でも、勘違いしてはいけない。それでは、あの時の繰り返しになってしまう。俺は決して、人に好かれるような人間じゃないんだから。学校のやつらだって、きっといきなりイメチェンした面白い人くらいにしか思っていないだろう。
「謙人くん、大丈夫ですか?また難しい顔をしてますけど」
今は自分の事より、涼風だ。彼女の抱えているものを取り去ることが最優先なんだから。
「大丈夫だよ、涼風。ありがとな、心配してくれて。涼風は本当に優しいな」
「謙人くんのほうが優しいです……。私は謙人くんのそういうところに……」
「うん?何か言った?」
「な、何でもないですよ!そ、それより、飲み物とか大丈夫ですか?今日は結構暑いですけど」
今日はもう、六月最終土曜日。本当なら、もう少し早くこの場を設けたかったが、涼風のお父さんが出張に行ってしまっていたため、なかなか予定が合わせられなかったのだ。
「そうだな。じゃあ、何かもらおうかな」
「はい!ちょっと待っていてくださいね」
しばらくして、涼風がアイスティーを持ってきてくれた。
「お待たせしま……きゃっ!」
涼風はフォローリングに足を滑らせて転びそうになってしまった。
あのままでは、頭を打ってしまう!
そこからの俺の行動は素早かったと言っていいだろう。涼風の後ろに慌てて回りこんで抱きとめ、こぼれようとしているアイスティーがかからないように俺と涼風の立ち位置を逆にした、ところまでは良かったが、俺も回転したときに足を滑らせ、思いっきり後ろにすっ転んでしまった。
ガンっ!
「……!いってぇ……」
何とか涼風は上手く抱きとめられたらしい。涼風がけがをしなくてよかった。
「謙人くん⁉大丈夫ですか!ごめんなさい、私のせいで……」
「涼風のせいじゃないよ。それに、ちょっと頭を打っただけだから大丈夫だよ。それより、涼風はどこも痛くない?」
「はい、謙人くんのおかげで何ともありません。ありがとうございます」
心底ほっとした。涼風の両親が来る直前に、涼風にけがをさせてしまったらと考えると冷汗が止まらなくなる。
「涼風、そろそろどいてくれるかな?流石に、今ご両親が来るとまずいから……」
涼風は俺のおなかの上にまたがって座っていた。幸いにも、涼風は今日はジーンズ姿だったため、俺が悶々とすることはなかったが、それでもこの状況はいろいろとまずい。
だが、神様はつくづく意地悪だ。
「涼風~、邪魔するぞ~」
まずいんじゃない?絶対勘違いされるって
「ちょ、涼風、急いで!」
まずいまずい!俺たちが元の場所に戻るのが早いか、ご両親がリビングに到達するのが早いか。
来るっ!でも、なんとか、ギリギリ……
アウトだった。
涼風はさっきの出来事に驚いて腰が抜けてしまったらしく、立てなくなってしまっていた。そして、リビングのドアが開いて……
「涼風~、げんき……って、これはどういう状況だ?」
涼風のお父さんとの初対面は最悪の形でした……。
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