第15話 真実

「涼風……」


 何か言わなければと思っても、何も言えなかった。彼女が壊れてしまいそうで……


「どうぞ……。入ってください……」


「あ、あぁ。お邪魔します……」


 初めて、涼風の家の中に入った。彼女の家は、一人暮らしをするには広すぎるくらいで、どこか寂し気だった。


「どうしてここに来たんですか……?」


 リビングに入って、ソファーに座ったところで涼風が口を開いた。


「さっきも言ったけど、涼風が心配だったからだ。連絡なかったからしばらく待ってたんだが、そしたら涼風のクラスメイトだという一条さんという人が、涼風が早退したと教えてくれてな。その一条という人とは親しいのか?」


 涼風は俺が一条という名前を出すと、ひどく怯えたような顔をした。


 ……これは間違いなく、一条が涼風に対して何かしているんだろう。


「涼風……、教えてくれないか?あいつにいったい何をされているんだ?俺にできることがあったら何でもするからさ」


「い、いえ、大丈夫です……。本当に何でもないですから……」


 そこまで言いたくない理由があるのだろうか?

 ……もしかして


「涼風、話してくれないか?俺は何があっても涼風の味方だからさ。涼風の言うことを信じるし、力になりたいんだ」


 俺があの時言ってもらいたかった言葉、康政に言ってもらえて安心できた言葉。


 涼風が掛けてほしいのも同じ言葉なんじゃないだろうか?


 涼風は目にいっぱい涙をためて俺を見た。


「本当ですか?絶対に嫌いになりませんか?私……怖いんです。謙人くんまで離れていったら……」


 どうやら正解だったらしい。


「涼風、大丈夫だよ。嫌うなんてありえないよ。俺から離れることも絶対にない。……ほら、約束だよ?」


 小指を差し出すと、涼風もそっと小指を握った。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます!指切った!……よし、これでもう安心だろ?」


「はい……。では、聞いてくれますか?私の話を……」



 それから涼風は自分のことを話してくれた。去年ナンパを断ってから、流れ出した不本意な噂で、涼風が学校で辛い思いをしていること、両親には心配をかけたくないから、ずっと一人で抱え込んでいたこと。


 途中で涼風は堪え切れずに泣いてしまった。それでも頑張って最後まで話してくれた。


「私、そんなことしてないんです。謙人くん、信じてくれますか……?」


「当たり前だろ!涼風がどんなに優しいか、俺はよくわかってるつもりだ!そんな噂をみんながみんな鵜呑みにするなんて……。辛かったよな、涼風……」


 手を優しく握ってあげると、もう限界だったらしい。涼風はその場で泣き崩れてしまった。


「辛いです……学校に行くのが怖いんです……」


 俺にできるのは、彼女が泣き止むまで頭を撫でてあげることと、何があっても彼女を信じることくらいだ。


「なぁ、涼風。このこと、お父さんとお母さんに話してみないか?きっと、ご両親も話を聞いたら何とかしてくれると思うんだ」


 涼風は少し不安そうだった。


「でも、お父さんたちに迷惑かけちゃうと……」


「迷惑なんかじゃないよ!自分の子供がこんなにつらい思いをしているのに、それを心配しない親なんてどこにもいないよ!だから、涼風もご両親に頑張って伝えてみよう?涼風が自分で伝えるのが無理そうだったら、俺が代わりに説明するから」


「謙人くんも一緒にいてくれますか……?」


 涼風のためなら、どんな予定もすっぽかしてやる!


「おう!一緒に説明しよう。きっとご両親も心配して、涼風の事、助けてくれるから」


 涼風の顔が少し明るくなったような気がした。気持ちが少しでも楽になってくれたなら、俺も役に立てたのだろう。


「あ、そうだ!駅のデパートで美味しそうなプリン買ってきたんだけど、食べない?」


 涼風の顔がぱぁっと輝いた。やっぱり、元気な涼風が一番いい。


「た、食べたいですっ!」


「やっぱり、笑ってる涼風が一番可愛いな……」


 つい、考えていたことが口から出てしまった。涼風の顔がみるみる赤く染まっていく。


「か、可愛いって……。そ、そんなこと、急に言わないでくださいよっ!」


「ご、ごめん。じゃあ、食べよ?」


 おしゃれなデザインのカスタードプリン。どうやら涼風はプリンが好きだったようで、彼女の目の前に置くと、目がキラキラと輝いていた。


「ありがとうございます!私、プリン大好きなんです!」


「それは良かった。じゃあ……はい、あ~ん?」


「ふぇっ⁉な、なんでですか⁉」


 涼風は顔を真っ赤にして慌てている。……可愛い。


「へっ?これ、お約束じゃないの?腕しびれてきたから、早く早く」


「わ、分かりましたよっ!」


 涼風はパクっと勢いよくスプーンに飛びついた。美味しかったのか、ほっぺたをトロンとさせている。俺は無意識に手が伸びて、涼風の頭を撫でていた。


「ひゃうっ!な、なにしゅるんですかぁ~!」


「よく頑張ったな、涼風。これからは俺をもっと頼っていいんだし、お願いしてくれていいんだよ?」


「……はい、ありがとうございます。じゃ、じゃあ、もっと撫でてください……!」


 可愛すぎ……!そんな声出されたら、断れるわけないじゃん!


「お安い御用だよ」


 俺は涼風の頭に手を乗せて、優しくなでた。


「んっ……」


「偉いよ、涼風。本当によく頑張ったね」


 振り返った涼風の目には、またうっすらと涙の膜が張っていたが、その顔は幸せそうだった。


「えへへ……、私頑張ったんです!だから、もっともっと撫でてください!」


 涼風って、こんなに甘えん坊だったのか!やばい、可愛すぎる!



 その後も散々涼風を甘やかしてから家に帰った。涼風の抱えていたものを知ることができて、ひとまず安心したが、対応を考えないといけないな……。


 ひとまず、涼風の両親に状況を説明してからだな。出来るだけ早くに伝えたほうが良いだろう。


 今週は、涼風は学校を休むそうだ。しばらくは行かないほうが良いだろう。俺が一条さんと接触したことで、彼女からの当たりがエスカレートしてしまうかもしれない。


 それにしても、彼女ではないけど、仲良くしてる女の子の両親に会うって緊張するな……。なにか持っていったほうが良いのかな?


 次の日からも、俺の日常はたいして変化することはなかった。変わったことと言えば、涼風が積極的に甘えてくるようになりました。


 可愛すぎて、幸せです……。

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