第13話 side涼風 私だけの秘密
朝、電車に乗って最寄り駅で降りる。そこから歩いて学校まで行き、教室に入る。
そこまでは周りのみんなと何も変わらない。しかし、そこから、私にとっての地獄が始まる。
教室に入ってもだれからも目を合わせられないし、声もかけられない。
皆、私を避けて仲のいい子たちとおしゃべりを続けている。私はその輪に入ることをせずに、一人で自分の席で本を読んでいる。
しばらくすると、派手な格好をした、見るからにギャルといった感じのクラスメイトが教室に入ってくる。
彼女は相変わらず一人でいる私を見ると、嫌らしい笑みを浮かべて近づいてくる。
「あっれ~?姫野さんは今日も一人でいるの~?かわいそー。……まぁでも、自分の顔が可愛いからってそれを鼻にかけて調子こいてるやつに友達なんている分けないよね~」
逃げ出したい。このまま教室を飛び出して帰ってしまいたい。でもそれはできない。
これは私が受けるべき報いなのだから。
「ねぇ君、清本高校の子?めっちゃ可愛いね。俺と付き合ってよ」
これが私の悪夢の始まりだった。
高校一年生の頃、駅で電車を待っていると、昭光学園の制服を着た人に声をかけられた。今週だけでこんなことが何回あったか。
半分呆れながらもその人のほうを見ると、私に声をかけてくるすべての人と同じような目つきで私のことを見ていた。
気持ちが悪い。そう思って咄嗟に断った。
「申し訳ありませんが、あなたのことを私は全く知らないし、これっぽっちも興味がないので、ごめんなさい」
「そんなこと言わないでさぁ。俺、サッカー部のキャプテンやってんだよね。だから結構いろんな女子から声かけられんのよ。まぁぶっちゃけ言ってめちゃくちゃモテるんだわ」
「だから何だというのでしょうか?」
「いや、だから、俺に告られて付き合わない奴なんていないわけ。だから、付き合って」
何ていう人なんだろうか。とんでもない自尊心の塊である。
私は不快感を通り越して、憤りさえも覚え始めた。
「あなたは何か勘違いをされているようです。あなたに告白をされたら皆がみんな付き合うなんて言うのはあり得ません。現に私は今のあなたには全く興味がない、むしろ嫌いです。こんなことを言うのは失礼にあたると思うのですが、自分は格好良いからと調子に乗ってしまうのはどうかと思いますよ?」
言ってから私はこれは言いすぎたのではないかと思った。
彼は怒り狂ったような目で私を睨みつけ、襲い掛かろうとしているようだった。
私は警戒して後ろへ一歩下がったが、腕を掴まれてしまった。
「やめてください!」
幸いここはホームだったため、私たちと同じように電車を待っている人が大勢いた。
私が声を上げると周囲の人はこっちを見て、状況を判断したのか、彼に非難するような目を向けた。
彼は周りの様子に気づき、きまりが悪そうにして去っていった。
難は去ったと思ったが、本当の地獄はそこから始まった。
次の日、私が学校へ行くと、クラスの子たちから軽蔑するような目を向けられた。
「お、おはようございます。えっと、どうして皆さん私のことを見てるのでしょうか?私、なにかしてしまったのでしょうか?」
「嘘でしょ?あんた、なんでこうなってるかもわかんないの?聞いた時にはちょっと疑ったけど、今のあんた見て確信したわ。姫野さんって最低な人だったんだね」
「え……?」
どういうことだろう?いったい私が何をしたんだというのか?
訳が分からないでいると、ドアのほうから一際大きな声が聞こえた。
「あれぇ、姫野さん、学校来てたんだぁ。私てっきり来ないかと思ってた~」
ギャルのような恰好をした人が私にむかって言った。
「えっと、どういうことですか……?」
「は?あんた自分がしたこと悪いと思ってないわけ?昨日、放課後に駅で昭光学園のサッカー部のキャプテンにいきなり突っかかってって罵声を浴びせたって、もうそこらじゅうに言い渡ってるよ」
「……私そんなことしてな」
「ごまかしても無駄だよ。うち、彼とは中学一緒だったからさ、連絡先とか知ってるんだよねぇ。昨日久しぶりに電話してきたから何かと思ったら、『清本高校の姫野涼風ってやつに告られて、フったらいきなり罵られたんだけど、彼女ってそんなひどいやつなのか?』って言われてね」
声が出なかった。自分の思い通りに行かないからって他人を陥れるのはどうかしてるとしか言えない。
「思えば姫野さんって、告られても片っ端からフってるって聞くし、性格悪いんだね。なんかこわいし関わるのやめとこ~」
嵌められたのではないか。なぜかそんな気がした。
彼女の目を見ていると、この人は昨日あったことをすべて知ったうえで、私を陥れようとしているのではないかと思えて仕方がなかった。
その後、私は誤解を解こうと何人かに話しかけて回ったが、話すらも聞いてもらえずに露骨に避けられた。
そして私は、この学校での居場所を失った。
「お~い、姫野さんってば聞いてんの?」
「何でしょうか?」
彼女だけは、皆から避けられるようになってもしつこく私に話しかけてきた。
でもそれは、私と仲良くしようと思って話しているのではない。常に一人でいる私に絡んで、その反応を揶揄って楽しんでいるのだ。
不快で仕方ないが、これ以上歯向かうと何をされるかわからないので、ひたすら耐えている。
しばらくすると先生が入ってきて、彼女も席についた。
こうしてようやく少し落ち着ける。
彼女は先生方の前では猫をかぶっているので、私に絡んでくることはない。
こんなことをするくらいなら、他の人と同じようにほっといてもらえないんでしょうか……?
そんな私の願いもむなしく、朝のホームルームが終わると、また彼女が私の席のほうへ絡みに来た。そしてスマホを取り出して、何やら写真を見せてきた。
「これって~姫野さんじゃないの?あんたまさか、男引っかけて遊んでんの~?」
それは私と謙人くんが並んで歩いている写真だった。彼女に見られていたんだろうか?
……そんなことは今はどうでもいいです。これでもし、謙人くんだとばれてしまったら彼が危険です……。
「ち、違います。写真も遠くからですし、人違いじゃないでしょうか?」
嘘をつくことには抵抗があったが、謙人くんのためにもそうするほかなかった。
「ほんとにそうかなぁ~?これ見ても同じこと言えるかな?」
そう言って彼女が見せてきたのは、私たちが手をつなぎながら、映画館から出てきたところの写真だった。
「な、なんでそれを……」
私は顔が赤くなるのを止めることができなかった。彼女は面白いものを見つけたような顔をして話を進めた。
「あんた、あんなことしといて大して反省もせずに、もう男と遊んでんだ。信じらんねぇわ~!人として終わってるね」
「あれは誤解だと言っているはずです。それに彼とはただ仲が良いだけです」
彼女は笑みをより一層深めて、私に顔を近づけた。
「じゃあ、あの男、うちがもらってもいいよね?別に彼氏じゃないんでしょ?ぶっちゃけメチャクチャタイプなんだよねぇ~!……ってわけで、うちら付き合い始める予定だから、もうこの人と関わらないでね?」
「どうしてあなたにそんなことを言われる筋合いがあるんですか?それに、付き合えるかどうかなんて分かりません!」
「おっ!いつもはおとなしいくせに、彼のことになると随分と怒るんだなぁ~!まぁ、でも安心して?彼の方からもう姫野さんと関わりたくないって思われるように色々暴露しとくからぁ~!」
それだけ言うと、彼女は自分の席に戻っていった。私はもう、何も考えられなかった。謙人くんがこれほどまでに自分の中で大きな存在になっていたなんて……
その彼ともう話せなくなるという絶望感と、彼に嫌われてしまうという恐怖が私の体にのしかかってきた。
その日、私は初めて学校を早退した。謙人くんに連絡も入れずに帰ってしまったことが、思わぬ方向へと話が転じるきっかけになるとも知らずに……
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