第9話 初デート①

 それから、俺と涼風は駅に戻って電車に乗った。


 行先はいつも乗る方向とは逆の電車で二駅行ったところにある大きなショッピングモールだ。大きな駅というだけあって人が多い。


「はぐれないように気を付けてくれよ。涼風はかわいいんだからこんなに人が多いところに一人でいたら、変な奴らが寄ってきちまうからな」


 なぁんてちょっとカッコ良さそうなこと言ってみるけど本当は俺が涼風と離れたくないだけなんだよな……。そんなことは引かれちゃうから絶対言えないけど。


 涼風は頬を赤らめて、

「はい……、気を付けます」

 と言った。


 今日は五月の第三土曜日。すでに季節は春から夏へと変わってきている。今日の涼風は半そでの純白ワンピースの上に薄ピンクのカーディガンという大人っぽい服装だ。涼風の清楚さにとてもよく似合っていて眩しい。


 美人は何を着ても似合うって本当なんだな……。


 これは良い機会だと思い、歩きながら涼風に言った。


「今日会った時からずっと思ってたんだが、言うタイミングがなくてな……。今日の服装、とっても似合ってるぞ。めちゃくちゃかわいいと思う」


 引かれませんようにと心で念じながら、涼風の様子を恐る恐る伺った。


 いままで碌に友達と遊びに行ったことなどないから、こういうことにも全く慣れていない。女の子と出かけるのもこれが初めてなので、正直今日はずっとひやひやしている。昨日もずっとネットでデートについて調べまくっていた。


 その時に一番上に書いてあったのが、服装についてほめることだった。とりあえず、実行してみたが、効果は抜群といってよいだろう。


 涼風は顔を真っ赤にしながら俯いて、消え入りそうな声で「ありがとうございます……」と言った。そんなに照れてしまっては、言ったこっちまで恥ずかしくなってきてしまう。


 駅前の人込みを抜けてショッピングモールに入った。ここは洋服や雑貨だけではなく、書店や映画館、美容室なども入っているため、幅広い年代の人が訪れる。


 今日の予定では、午前中はぶらぶらとショッピングを楽しんでお昼ご飯を食べる。涼風は一時からここで外せない用事があるらしいので、それに付き合ってから映画を見ることにしていた。


 とりあえず、気ままにぶらぶらするかなぁ~


 なんて考えていたのだが、どうやら甘かったらしい。涼風がショッピングモールに入った瞬間、目的としているらしい場所へと迷いなく歩いて行った。


 こういうごちゃごちゃした空間に慣れてるなんて、さすがは現役女子高生だなぁ。


 俺はこういうところにそもそも来る機会がめったにないため、一人で来たら確実に迷子センター行きだろう。


 ほんと、涼風がいてくれて助かったわ……。つっても、これから行く店ってどんなところだろ?女性ばっかのところは居づらいなぁ……。


 俺の願いが涼風に届いたのかどうかは知らないが、やってきたのは紳士服の店だった。


「謙人くん、女の人ばっかのお店とか苦手そうですよね……」


 ……どうやら届いてたらしい。


「よくわかったな。……でも、今日は涼風が行きたいところに遠慮なく行ってくれていいぞ?」


「ありがとうございます。でも、私が最初に行きたかったのはここなんです!」


 涼風も男物を着るのか?クールっぽいのも似合いそうだけど、流石に紳士服は……


「あ、もちろん買うのは私のものじゃないですよ?謙人くん、今日お金ありますか?」


 一応デートだから、多めに持ってきてはいたが……


「あぁ、あるけど……もしかして、俺のものを買いに来たのか?」


「正解ですっ!今日は名付けて、謙人くんイケメン大変身チャレンジ!です!」


 そう言う涼風はなぜだかとてもうれしそうだった。俺がイケメンにねぇ……。まぁ、無理だと思うけど、洋服は涼風に選んでもらって買うとするか。


「それは嬉しいよ。じゃあ、早速選んでもらえる?」


「はいっ!任せてください!」


 たくさんの服を長時間試着するのは好きじゃないけど、涼風の頼みとあらば我慢しないとね。


「じゃあ、まずはこれですね……」


 そこからは地獄だった……。涼風が持ってくる系統の違う様々な種類の服を延々と試着させられた。あの時の涼風はさすがに鬼だったと思う。一時間ほどずっと試着させられ続けて、ようやく満足したらしい涼風は、一番似合っていたらしいものをもってレジに並んでいる。


「ねぇ、涼風。やっぱり俺が着るんだから、自分で買うよ。……さすがに涼風に払わせるわけにはいかない」


「私が今日いきなり頼んだので、私が買うのは当然です!それに、私が謙人くんにプレゼントしたいんです!」


「でもなぁ……」


 流石に、仮ではあっても、彼女に自分の洋服代を払ってもらう彼氏ってどうなんだろうか……


「じゃあ、こうしましょう!今日のこれからの支払いは、謙人くんにお願いしてもいいですか?具体的には……、お昼と映画代です。それでちょうどくらいになるんじゃないですかね?」


 きっと何言っても無理なんだろうな。


「わかった。じゃあありがたくプレゼントしてもらうよ」


 今度俺も何かプレゼントしてあげよう……。


 店を出たところで時間を確認すると十二時十分前だった。涼風は一時から予定があると言っていたからそろそろ食べたほうが良いと思い、フードコートに入った。


 一通り、売っているものを確認してから、それぞれで決めて席に戻った。もちろんお金は事前に涼風に渡している。


 俺は迷った挙句、ナポリタンにした。涼風はチャーハンを買っていた。


「「いただきます!」」


 二人そろったところで、食べ始める。


 このナポリタン、ソースが絶妙でうまいな!これは病みつきになりそうだ……。


 ふと顔を上げると、涼風も美味しそうにチャーハンを食べていた。


 ……これはあれをやるチャンスなんじゃないか?


 スプーンに一口分のパスタを乗せて、涼風の前に運んだ。


「涼風、あ~ん?」


 涼風は何のことかわかると、顔を真っ赤にした。


「お~い、早く食べてくれないと、腕が痛いんだが。……それに、お付き合いがどういうものか知りたいんだろ?」


「で、でもですね、こんなにいきなりされるのは、その、なんていうか……」


「そうか~。それじゃあすぐに捨てられちゃうかもな~、かわいそうに」


 涼風は少し涙目になっていた。


 ……やばい、めっちゃ可愛い。


「うぅ~~~、た、食べますよ……。あ、あ~ん」


 涼風はぱくりと俺のスプーンを咥えて、パスタを食べた。


「そういえばこれって、間接キ「そ、それを言わないでくださいっ!」」


 涼風は俺を遮って言った。恥ずかしがっている涼風を眺めているのは面白いが、流石にこれ以上は怒ってしまうだろう。


「俺も涼風のチャーハン食べたいな」


 これはからかいではなく純粋な俺の欲望です、はい。


「わ、わかってますよ。ただ、心の準備ができてなくてですね……」


 涼風が一人でぶつぶつ言っている。周りの騒音にかき消されて、上手く聞こえない。


「じゃ、じゃあ行きますよ?は、はい、あ~ん……」


「あ~ん。……ん!チャーハンもうまいな!この味結構好きだわ!」


 涼風が顔を真っ赤にして聞いてきた。


「そ、その、謙人くんは恥ずかしくないんですか?あれしたのに」


「ん?あれってなに?」


「だ、だから、間接……ってなんで言わせるんですか~!」


 やっぱ、涼風を揶揄うの、面白すぎてやめられそうにないわ。


 その後は拗ねた涼風のご機嫌を取るのが大変でした。


 ……でも、またあ~んはしてあげたいし、してもらいたいな




 昼ご飯を食べ終えた俺たちは、フードコートを出て、涼風の予定の場所へと向かっていた。


「なぁ、そろそろ教えてくれないか?どこへ行くんだ?」


「もうすぐ着きますよ!」


 そう言って彼女が連れてきたのは、美容室だった。


「涼風は今日、髪を切るのか?」


「いつもは私が切ってもらってますが、今日は違います」


「え、じゃあどうして……」


「それは……、謙人君の髪を切って、今よりももっとイケメンさんにしてもらうためです!」


 涼風はそう言って、張り切って美容室の中に入っていった。


 俺は何が何だかわからずに、ただ涼風についていくしかできなかった……。




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