第8話 side涼風 もっと自分から……

 南謙人君。

 最初は私の落とし物を二回も拾ってくれた優しい人、ただそれだけだった。


 でも最近何かおかしい。南くんといるとドキドキが止まらない。本人の前では普通なふりをしているが、内心では私の心臓の音が聞こえてしまっているのではないかと思うほど胸が高鳴っている。


 家に帰っても浮かんでくるのは南くんのことばかり。彼の笑った顔や包み込んでくれるような優しい声。もっと彼と一緒にいたい、もっと彼とお話ししたい、もっと彼に近づきたい。


 カフェに誘ってもらった時は嬉しくて飛び上がりそうになった。目的が勉強であっても関係ない。南くんと放課後も長い時間一緒にいられると思うだけで一緒にいられると思うだけでニヤニヤが止まらない。この日初めて真面目に勉強していてよかったと思えた。カフェで待っている間もずっと南くんのことを考えていた。


 上手に教えられるでしょうか?南くんの役に立てたらいいな。ここで二人っきりで勉強してるなんて私たち恋人に見えるのでしょうか?


 そして二人で遅くまで向かい合って勉強した。時間なんて全く気にならなかった。


 南くんと一緒にいられるなら何杯でも紅茶をおかわりしてやります!


 そんな意気込みもむなしく、さすがに暗くなってきて、勉強のほうもひと段落着いたので、帰ることにした。ちょっと寂しかったがしょうがない。


 帰り際に南くんが遊びに誘ってくれた。


 週末も南くんと一緒にいられます!


 もう、にやけを抑えるのに必死だった。


 これって、デートのお誘いですよね?どうしましょう!南くんが私をデートに……

 あぁ、もう無理です、ごまかすのは。私、南くんに恋してます……


 こうして、姫野涼風の初恋が始まった。


 次の日、南くんとデートの予定を立てることにした。私はどうしてもやりたいことがあったから、南くんに一時間もらって、あるお店を予約した。


 それから、ベタだけど、映画を見ることにした。感動モノの恋愛映画。


 ……私、こういうのあんまり見たことないから、泣いちゃわないか心配です。ハンカチを忘れないようにしましょう……。


 こうして、私たちは着々と予定を立てていった。





 デート当日。


 当日の朝、九時集合にもかかわらず私がいつもの場所についたのは八時。一時間も早く着いてしまった。楽しみすぎて五時に起きてしまったのだからしょうがない。


 もしかしたら南君も少し早めに来てくれるかもしれない!と、私はそこで待っていることにした。三十分が経った頃、携帯で今日行く所を確認していると声をかけられた。


 ……しかしその声は私が待ち望んでいた声ではなかった。


「君かわいいね。これから俺遊びに行くんだけど、君も行かない?奢ってあげるからさ」


 私の前に大学生に見えるチャラそうな男が一人、立っていた。いわゆるナンパだ。私は咄嗟に近寄るなというオーラを出して距離をとる。


「すみませんが、人を待っているので」


「そんなこと言ってさぁ。さっきからずっとそこにいるじゃん。俺と一緒に行こうよ」


 ずっと見られていたとは。全身を不快感に支配され、立っているのも必死だった。南くん、助けて……


 しかし今の時間はまだ八時半。待ち合わせまでまだ三十分もある。


 一時間も前に来てしまった私がいけないんです。自分で何とかしないと……


 逃げようにも、壁にもたれかかっているところを前からふさがれてしまっているため動けない。ひたすら下を向いて相手が諦めてくれるまで待とうと思った矢先、一番聞きたかった声がした。


「お待たせ涼風!いやぁ、俺も早すぎるかなって思ったんだけど、まさか涼風のほうが早いなんて。待たせて申し訳ない!」


 チャラ男たちの間に割り込むようにして南君は私と向き合った。


「お前、何割り込んできてんだよ!邪魔すんな!」


「邪魔してるのはどっちだろう。俺の彼女に手を出さないでほしいな」


 心臓が飛び出そうになった。南君が、私を、彼女って……

 もう私の頭の中は嬉しさと恥ずかしさでぐちゃぐちゃになっていた。


「行こう、涼風」


 言われるがままに南君に手を引かれてチャラ男たちから離れていった。


「姫野、けがはない?」


「はい、大丈夫ですけど……私のせいでごめんなさい!楽しみで、一時間も早く来ちゃったんです」


 怒っているかと思って南くんの方を見たら、彼は怒るどころか、むしろ笑っていた。


「そんなに楽しみにしてくれてたんだ!それは嬉しいなぁ~。俺も楽しみで早く行ったんだけど、まさか姫野のほうが早いなんて。……負けました!勝ったご褒美に姫野の言うこと何でも一つ聞くよ」


 これは、意識してもらう大チャンスなのではないでしょうか!


「あ、あの、私って、彼氏とかいたことないんです……」


「えっ!まじで⁉」


 何でそんなにびっくりしてるんでしょうか?

 今はそれよりも頑張ってお願いしないと!


「だ、だから、お付き合いとかよくわかんないんですよね……。それで、その、南くんに、今日だけ私の彼氏として遊んでくれませんか?どんな感じなのか知りたいんです……」


 な、何とか言いました!あとは、南くんの反応次第なんですが……、うぅ……、怖いです。


 南くんは視線をソワソワさせた後、顔を赤くして承諾してくれました。


「わ、わかった。今日だけ俺は姫野の彼氏になったということだ。……っていうことは、呼び方も変えたほうが良いのか?……涼風」


 み、南くんが私のことを名前で!もう幸せでとろけてしまいそうです……。


「は、はい!け、謙人くん!」


 な、何とか言えました!心臓が飛び出そうです……。


「じゃ、じゃあ行くか涼風!」


 謙人くんも私も顔が真っ赤です。そういえば、まだ言ってなかったな。


「け、謙人くん!さっきは助けてくれてありがとうございます!」


「可愛い彼女が困ってたら助けるのは当たり前だろ?」


 い、今、ナチュラルに彼氏面してくれました!う、嬉しすぎます……!今日一日ずっと動画を撮っていたいくらいです。


 こうして私たちの初デートは最高の形で始まりました!

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