第7話 謙人の過去
姫野のことが好きだ。
この感情に気がつくのにあまり時間は掛からなかった。もう自分の中でごまかしておくのも無理そうだ。
落とし物を届けたときには警戒心が強くて、可愛げがなく、接しづらいと思ったが、一緒に登下校をして、時間を共有しているうちに、本当の彼女を見せてくれるようになり、とても好ましく思えた。
家に帰っても、彼女の笑った顔が頭から離れない。もっと一緒にいたい、もっとしゃべっていたい、もっと彼女のことを知りたい。一度そう思うと止まらなかった。
彼女に想いを伝えて、付き合えたらどんなに嬉しいだろうか。でも俺にはそれができない。
2年たっても消えることのないこの痛みのせいで……
「好きです!付き合ってください!」
「気持ちはうれしいけど、ごめんなさい。あなたとは付き合えない」
俺の初恋は、失敗に終わった。
もともと接点なんてなかったから振られて当たり前と思っていた。案の定、即座に振られて俺の初恋は終わった。
「私なんかに勇気を出して告白してくれて本当にありがとう。南君とはこれからも友達でいたいな」
そう言って彼女は去っていった。ただ振るだけではなく、相手のことを考えて傷つけないように言葉を選んでくれるなんて、なんていい子なんだろう。彼女が見えなくなってから声が枯れるまで、泣いた。
次の日、昨日のことを思うと学校に行くのが少し憂鬱になったが、今まで通り友達でいようと彼女が言ってくれたので足取りは比較的軽かった。
しかし、教室に入るとその光景は異様だった。俺が教室に入った瞬間、クラスの中の雰囲気が一気に変わった。その場にいた全員が俺をまるで汚いものを見ているかのような目で見てきた。
何がどうなっているのか全く分からなかった俺は近くにいた男子のグループに事情を聞きにいった。
「いったいどうなってるの?」
「どうもこうもねぇよ。お前昨日朝田さんを襲ったってマジか?いくら振られて悔しかったからってそりゃねぇだろ……」
「は?」
訳が分からなかった。俺が朝田さんを襲った?いったい誰がこんな悪趣味なイタズラをするのか。
「いったい誰がそんなくだらないデマを流してるの?」
「デマって、朝田さん本人が泣きながら言ってたんだぞ?デマなわけがないだろ!」
「えっ……?」
余計に訳が分からなくて朝田さんのほうを見た。すると彼女は両手で自分の体を抱えて震えながら縮こまった。周りにいた女子が彼女を支えながら僕を睨んできた。
「南くんってそんな人だったんだね。いくら振られたからって最低だと思う」
「えっと……、朝田さん、どういうこと?」
「とぼけないでよ!昨日放課後に校舎裏に呼び出されて、あなたの告白を断ったら『ふざけんな!』って言って私をつかみかかってきたじゃない!」
嵌められた。そう思うよりほかなかった。彼女が顔を覆った手の間から見えた口はこれでもかというほど吊り上がっていたのだから。
それからの学校生活はひどいものだった。俺は中学のころから一人でいることを好んでいたため、俺のことを深く理解してくれるような奴はいなかった。
そうなると俺は必然的に悪者になる。何せ、相手は学校内では有名人の朝田美麗だ。そんな奴と、同じクラスのぼっち、どっちの言うことを信じるかなんて一目瞭然である。
案の定、俺は何を言っても無視され、その日から、そのクラスでの俺の人権はなくなった。
日に日に俺への嫌がらせはエスカレートしていった。俺は誰も信じられなくなった。そんな生活から2週間が経ち、俺はついに学校を休んだ。
親は仕事一筋で僕には無関心だったので、仮病をあっさりと信じて、学校に連絡を入れてから会社へと向かった。その日は何もやる気が起きず、1日中ベットの中にいた。その日の夕方、高田康政が家を訪ねてきた。
これが、彼との初めての会話だったのかもしれない。
「南~、いるんだろ?先生から様子を見て来いって言われたから、来てやったぞ~」
何で来たんだ、もうほっといてくれよ……!
今は誰とも話したくなかった。誰とも顔を合わせたくなかった。
でも、どれだけ経っても彼は帰るそぶりを見せない。俺はしびれを切らして、玄関を開けた。
「おっ?ようやく出たか!」
出迎えた彼は満面の笑みだった。あんなに待たせたのに怒らないなんてどういう神経をしているんだろう?
「怒らないの?三十分以上、居留守してたのに……」
彼はあっけらかんと答えた。
「別に怒んねぇよ。お前だって色々大変なんだから、気持ちの整理とか、時間は必要だったろ」
とっても優しい人だと思った。でも、その時はまだ彼を信じ切ることはできなかった。
「ありがとう……」
「別にどうってことねぇよ。……んで、今日来たっていう話だけど、別にクラスのやつらの命令じゃねぇぞ。本当に先生に言われてきたんだ」
えっ、どうしてわかった?
「なんで分かったんだって顔してるな。そりゃ俺だってお前みたいな状況になったら疑うわ。いきなり家に押し掛けてきたやつを信用するわけねぇだろ。だから、お前の反応は正しいと思うぜ?」
でも、と疑問に思うことがどんどん出てきた。僕の心の中が分かっているかのように彼はどんどん喋っていった。
「なんで俺はここに来たのかっていったら、それはクラスのやつらの言うことを俺は信じてないからな。大方、受験のストレスの逃げ道だろう。ったく、相手のことも考えないで……そろいもそろってクズだな!」
「どうして君は俺が何もしてないって信じてくれるの?」
「告白した後に襲うような奴は、こんなことくらいでのこのこ引っ込んじまうほどメンタル弱くないだろ。まぁ、俺としてはお前が勇気を出して告白したことの方に驚いたがな。お前、そんなことできるような奴だったんだな。いつもは教室の端の方でおとなしくしてるのに」
思わず、苦笑してしまった。
「……初恋だったんだ。彼女の優しいところを見たら、なんか胸がときめいちゃって。居てもたってもいられなくなって、気づいたら告白してた」
「そうか……、災難な奴だな。まぁ、なんだ?俺はお前のこと信じてるし、そんなことやってないってわかってるからな」
堪えきれず、涙がこぼれ落ちた。その言葉をどれほど聞きたかったか。自分の言ったことをどれほど認めてもらいたかったか。
「ありがとう……ありがとう……!」
「俺はお前を裏切るようなことだけは絶対にしない。だから安心して学校に来い!俺が誤解を解いてやるから手伝ってくれ!」
きっとその時、あいつは俺の中で誰よりも大事な友人になったんだろう。
次の日から学校に行けるようになった。康政のおかげで朝田さんや彼女と仲の良い女子以外とは比較的普通に会話ができるようになった。そこまでしてくれたあいつには本当に感謝している。
俺が、中学の人とは距離をおきたいからと隣の駅にある私立高校を受験すると言ったときにも何も言わずに、それどころか彼も一緒に受験してくれた。
本当に高田は俺にはもったいないくらいいい奴だ。
だけど、どんなに誤解が解けて普通に生活できるようになったとしても、あのときに味わった恐怖は抜け落ちない。
だから俺は、朝の電車で隣で楽しそうに話をしている彼女を見つめながら、自分の気持ちにそっと蓋をした。
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