第6話 頼みごと

「なんだこれ?訳分かんねぇ……」


 俺は今、数式で埋め尽くされた一枚のプリントに頭を抱えていた。

 数学の授業で爆睡し、教師からの質問に答えられなかったらこのザマだ。寝ていた俺が悪いので、文句は言えないが……


 1人でやっていても全く進まないと判断した俺は誰かに聞こうと教室を出た。しかし、今は放課後。ほとんどの人は部活に行ってしまい、辺りに誰も人はいない。


「仕方ない。明日やるか……」


 今日は水曜日。提出期限は金曜の放課後までだからまだ時間はある。


 明日康政にでも聞こう。まだ2日あるしなんとかなるだろ……。そういえば、姫野と勉強の話はしたことが無いが、あいつって頭いいのかな?明日の朝にでも聞いてみるか。


 一緒に帰りだしてからはや三日。

 今日は放課後に委員会の活動があるらしく、帰りは別々だった。それぞれに予定があるのだから、たまに一緒に帰れない日があってもしょうがない。


 でも、帰りの電車で隣に姫野がいないとどこか寂しさがある。


 ……俺もこんなことを感じ始めるなんてなぁ。


 まだほんの少し一緒にいただけなのに、姫野の存在は俺の中でどんどん大きくなっている。

 それだけ気が合うということなんだろう。


 俺は心のどこかに寂しさを抱えながら、一人帰宅した。




 翌日の朝、いつものように姫野と一緒に登校しながら、ふと聞いてみた。


「そういや姫野って、勉強のほうはどうなんだ?俺はぼちぼちといったところだが」


「勉強ですか……。これでも一応一年生の頃から主席はキープしています!」


 主席って……学年一位ってことだよな?天は二物を与えずってあれ嘘だろ。現実世界にこんなハイスペックキャラがいたなんて……。


 ……ここはイチかバチか、頼んでみよう。


「そんな姫野様に折り入って頼みがあるのですが……、私に勉強を教えてはいただけないでしょうか?」


「別に勉強を教えるくらいであれば、わざわざそんなに改まってお願いされなくても教えてあげますが?」


「本当ですか⁉ありがたき幸せ……。神様仏様姫野様!」


「ちょっとそんな大げさにやめてください!恥ずかしいじゃないですか!……それでいつ教えればよいですか?」


「できれば今日の放課後にお願いしたいのですが」


「今日の放課後ですね?問題ありません!そろそろ口調を戻してもらえませんか?話しづらいのですが」


「分かった。本当にありがとう、助かったよ姫野!放課後に駅中のカフェとかで良いか?」


「大丈夫ですよ。そのカフェで放課後に集合ですね?じゃあ着いたら連絡します」


「ああ、じゃあまた放課後に」




 放課後、カフェにつくとすでに姫野の姿があった。


「こっちが誘っておきながら、遅れてすまない」


「たまたま私のほうが早かっただけです。そんなに待ってないので謝らないでください」


 本当に姫野はいい子だ。周りの人に気が利けて、彼女と一緒にいて不快に思うことが一度もない。初めて会った時にナンパと勘違いされたことを考えると、普段から声をかけられることが多いのだろう。そんな子が性格までハイスペックだと知ったら余計に多くの人が飛びついてくるんじゃないだろうか。


 そう思うと胸のあたりがチクっと痛んだ。


 この痛みはいったい何だろうか?考えても仕方がないから、気のせいだということにした。

 出会って一週間ほどで好きになってしまうほど俺の心は軽くないだろう……きっと。


「ちょっと飲み物買ってくるよ。姫野は何が良い?」


「私も一緒に行って自分で買います」


「俺は今日、姫野に勉強を教えてもらうためにここに来た。本来なら受講料を払ってもいいくらいだ。それはしないにしても、さすがにここに呼んでおいて、飲み物は自分で買えなんて言えないだろ。頼むから俺に奢らせてくれ」


「そこまで言うならありがたくいただきますが……、じゃあアイスティーを一つお願いします」


「了解。ちょっと待っててくれ。あ、そうだ。今日教えてもらおうと思ってたプリントだ。見ておいてもらえると助かる」


 そう言って姫野にプリントを渡して、俺は注文しに行った。


 このプリント本当にむずいんだよなぁ……。姫野が分かんなかったらどうしようか?

 その時は今度こそ、康政に聞いてみるか。


「アイスティーとアイスコーヒーを一つずつお願いします」


 飲み物を受け取って席へ戻ると姫野は俺が渡したプリントを見ていた。美少女は何をしていても絵になるからすごい。


 思わず見惚れてしまい、俺は慌てて席へ戻った。


「これでよかったか?」


「はい、ありがとうございます」


 アイスティーを一口飲んでから、姫野は信じられないようなことを言った。


「ここの問題は全て解けました。南くんは何番が解けないのですか?」


 は?ゼンブトケタ?俺が二日悩んでも手も足も出なかった問題をたったの十分で?どうやら頭のいい人は脳のつくりから違うようだ。


「恐れながら、三番以降全部分かりません……」


「それは深刻ですね。すぐに始めましょうか」


 それから、姫野先生による神授業が行われた。


 姫野先生の解説は恐ろしく分かりやすかった。今日俺の中で数学教師は不要な存在となった!いっそのこと、俺の家庭教師になってもらえないだろうか?


 そんなこと言ったら引かれるのは目に見えているので、心の中にとどめておく。


「以上で問題の解説は終わりです。どうですか?分かりましたか?」


「ヒメノサン、スゴスギマス。めちゃくちゃ分かりやすかったです!」


「そう言ってもらえると嬉しいです。せっせと勉強してきた今までの自分の努力が実を結びましたね!」


 姫野は嬉しそうに言った。その可憐な顔にまた見惚れそうになってしまい、俺は慌てて、気を紛らわすように伸びをした。そこで、もう大分時間が経っていることに初めて気が付いた。


「もうこんなに暗く……、俺のせいで申し訳ない。家は確か、こっちの方だったよな。姫野が問題ないんだったら、是非送らせてくれ」


「心配しなくても、一人で帰れます!子ども扱いしないでください!」


 この子、意外と馬鹿なのか?


「あのなぁ、こんなに暗くなって女の子が一人で歩いてたら危ないだろ……。まして、姫野は相当可愛いの部類に入る。君は心配にならないかもしれないけど、俺が不安なんだ。もし家が特定されるのが嫌なら、近くまででも送らせてくれ」


 姫野はなぜか顔を赤くしている。


「さ、さらっと可愛いとか言わないでくださいっ!……それと、なんで他人の私をそんなに心配してくださるんですか?」


 なんでまたそんなことを……?


「俺は勝手に君のことを友達だと思っている。友達だったら、心配するのは当たり前だろ。言うの恥ずかしいんだから、そういうこと聞くなよ……」


「私の事、友達だと思ってくれるんですか?」


「もう俺の中では大分存在のでかい友人だぞ。俺には中学から一緒の友人もいるが、そいつに負けず劣らずになってきている」


 頬がどんどん紅潮していくのが分かった。


 ……めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。


 本人の前で高らかに友達宣言するとか、人生初のイベントだよ?これで私は友達とは思っていないとか言われたら、人間不信になる気がする。


 ところが姫野は嬉しそうにしていた。


「私も、南くんの事、大切なお友達だと思っています……。恥ずかしいですね、これ……」


 姫野も顔が少し赤くなっていた。


「だろ?……んで、そんな友達の心配をして、送っていきたいと思ったんだけど、どうよ?」


「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします!」


 一悶着あったけど、結果はオーライかな?


 俺たちは姫野の家まで歩いて行った。


「ここに一人暮らしかよ……!」


 着いた先は、超高層マンションだった。


「私の両親が、ここじゃないとだめだっていうんですよ。だから、仕方なくっていうか……」


 まぁ、こんな可愛い子を持ったんだから、心配になるわな。ここは新しいし、セキュリティーもしっかりしているんだろう。


「本当にありがとうございました。では、また明日」


「あ、あのさっ!」


 ここを逃したら次はないと思い、勢いで提案した。


「もしよかったら、今度の週末、どっか行かないか?友達として、もっと仲良くなりたいって思ってさ……」


 姫野からは何も反応がない。これは、流石に引かれたかな……?


 おそるおそる顔を見ると、姫野はびっくりして固まっているようだった。


「あ、あの、姫野……?」


「はっ!す、すいません!遊びに誘われるのなんて初めてだったんで、どうしたらよいのか分からなくて……。私も是非行きたいです!」


 良かった~!拒絶でもされたら、結構泣く自信あった……。姫野って友達多そうだけど、意外と遊びに行ったりしないんだな……。


 俺は顔が緩まないように気を付けて、話を続けた。


「それはよかった。じゃあ、土日のどっちかにしようと思うんだけど、どっちがいい?」


「そうですね……。土曜日でもいいですか?」


「オッケー!じゃあ、土曜日にしようか。詳しい時間とかは明日で良いよね?」


「はい!楽しみです!」


 そんなに喜んでもらえるとは……。なんだか俺も気分が高揚してきて二人で笑いあった。


 これってデ、デートみたいなもんだよな……。当日は俺が完璧にエスコートしないと!


 その日は張り切ってネットで遅くまで調べていたので、寝不足で次の日康政に揶揄われた。

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