第4話 side涼風 再び

 そんなぁ、嘘でしょ?あれ買ったばっかりでしたのに……


 私は朝と同じようにカバンの中に手を突っ込んで探し物をしている。


 今日はついてないですね……。朝もパスケース落としちゃうし、見つかったと思ったら今度は傘ないし……

 落としちゃったらもう見つからないですよね。諦めて帰りますか……


「やぁ、君は朝の子だよね?」


 仕方ないと諦めて帰ろうと思ったら、後ろから声をかけられた。びっくりして振り向いたら、朝の人がいた。


「朝ぶりだね。あれから大丈夫だった?」


 どうして……?


 この人は安全だと分かっていても、体は自然と強張っていってしまう。


 これは私がひとえに男性恐怖症だから。全ては私の過去が原因なんだけど……今はそんな話をしている場合ではないだろう。

 

 私は動揺しているのがバレないように平静を装って言った。


「ど、どうも朝はありがとうございました!本当に助かりました」


「俺も駅ですぐに君を見つけられて良かったよ。困ったときはお互い様ってことで!……ところで、なんか困ってるみたいだけど、大丈夫?」


 私はこれ以上この人に迷惑をかけてはいけないと思ったが、彼なら何か分かりそうな気がして、聞いてみた。


「実は、昨日買った新しいピンク色の折り畳み傘を落としてしまったみたいで。さすがに知らないですよね?」


 恐る恐る彼に聞いてみる。


「ん、ピンク色で、新しい、折り畳み傘?もしかして、君はこの隣の駅で降りる?」


「えっ、な、なんで知ってるんですか?」


「実は朝、隣の駅で落ちてる傘を見かけたから拾って駅員さんに届けたんだ。今言ってたような感じのやつだったと思うから君のかも」


「か、確認してみます!教えていただきありがとうございます!」


「じゃあ、一緒に帰らない?今更だけど、僕ら、お互いの名前も何も知らないよね?」


 彼が笑いながら言った。一緒に、という単語に私はまた少し動揺しながらも、平静を装って言った。


「そっ、そうですね!じゃあ、いっ、一緒に帰りましょう!」


「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」


「き、緊張なんてしてないですよ!早くいきましょう!」


 緊張してしまっいるの、ばれてました~!どうしましょう……?謝らないと失礼ですかね?


「…〜い、お〜い、聞こえてる〜?」


 気付いたら彼の顔が目の前にあった。


「ひゃ、ひゃい!」


 私はびっくりして返事をするのに噛んでしまった。


「そんなに硬くならないで。自己紹介しよう!まずは俺から。国風学園の2年、南謙人です。部活には入ってないんだ。趣味は強いて言うなら読書かな?高校に入学してからは一人暮らしをしてるんだ。……こんなもんでいいのかな?」


 同い年だったの⁉大人びてるから先輩に見えた……


「わっ、私は清本高校の2年、姫野涼風です!南さんと同じく部活には入ってません。趣味はお料理をすること、かな?私も一人っ子で、今は一人暮らしをしています!」


「えっ⁉一人暮らしなんてできてるの?なんかそそっかしい感じがするから料理とか、全部生か丸焦げで食べてそう……」


「かっ、からかわないでください!」


 恥ずかしくて、思わず大きな声で言い返してしまう。ここは電車の中だから、周りの人は何事だとびっくりしてこっちを見ている。


 南さんは周りに軽く頭を下げてから私に謝った。


「ごめんごめん。ちょっとからかいたくなっちゃって」


「もぅ〜、いきなりやめてくださいよ!」


 ほっぺを膨らませて、怒っているフリをした。南さんはちょっと焦ったようだが、すぐに私に向かってほほ笑む。


 ……南さんとの会話にちょっとづつ慣れてきました!今はもう全く怖くありません!


 それから、彼といろんな話をして盛り上がっていると、あっという間に駅についてしまった。


「いつもは電車も結構長く感じるんだけど、今日はあっという間だったなぁ~」


 南さんも全く同じことを考えていたようだ。


「南さんもですか!私もそう思っていました」


「やっぱ、誰かと一緒に話して盛り上がるってのはいいもんだな。……よし、早いとこ事務室行って傘取ってこようぜ」


 私たちは事務室まで行って傘を確認させてもらった。それはやはり私の傘で、すぐに返してもらえた。


「あの、本当にありがとうございます!偶然とはいえ傘も拾って届けていただいて。何かお礼をさせてもらえませんか?」


「お礼って、落ちてるものを拾っただけだぞ?そんなに気負う必要はないと思うんだが?」


「私がしたいので、是非お礼させてください」


「そっか……。じゃあ、連絡先交換してくれないか?今日話してすげぇ楽しかったからもっと話したいなって思って」


 南さんが目をうろうろさせながら私に確認した。


 えっ?そんなことでいいの?


 私はあっけに取られて返せないでいると、


「ごめん、やっぱストーカーみたいで、きもいよな?」


「いえいえ!違いますっ!私はもっとすごいことお願いされるかと思って……」


「すごいことって?」


「その……や、やっぱりなんでもないです!忘れてください!」


 自分が言おうとしたことの恥ずかしさに気づいて慌ててごまかした。南さんは気になっていたようだが、追求しないでおいてくれた。


「夜とか、連絡しても大丈夫そうか?」


「はい、いつでも問題ないです」


 私も楽しかったから、是非もっと話したい。


「あの、こうしてお知り合いになれたことですし、朝も一緒に行きませんか?私も南さんと同じくらいの時間に行っていると思うんで……」


 私は気づけばこんなことを口走っていた。


 ……私ってば、どうしちゃったんでしょう?さっきまでは喋るのもおっかなびっくりだったのに。


「いいの?俺からも頼もうか悩んでやめといたとこだったんだ。是非よろしくお願いします!……じゃあ、とりあえず今日の夜にでもメールすると思うから」


「はい、待ってますね!南くん!」


 南くんはそれだけ言うと、自分の家の方へ帰っていった。

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