第3話 日常の一コマ

 はぁ、びっくりした~。あんなきれいな子にまじまじと見つめられたら耐えられないよ……。


 俺は彼女に落とし物を届けて別れた後、改札を出て、今は駅から学校まで直通で走っているバスを待っている。


 そういえば、焦って名前聞かなかったな。身長が小さかったから、後輩とかか?でもバスで見たことないし、あんなきれいな子が同じ学校にいたらもっと周りが騒いでるだろ。ってことは清本きよもと高校とかかな。


 この駅の近くには3つの高校がある。一つは僕が通う国風くにかぜ学園、そして女子校の清本高校、もう一つが偏差値71という、めちゃくちゃ頭のいい奴しか通えない、男子校の照光しょうこう学園だ。国風学園の生徒ではなくてこの駅を使う高校生といえば、女子では清本高校の人くらいだろう。


 まぁ、どっちにしろ、もう関わることもないだろうな。どうでもいいことだ。


 そんなことを考えているうちに、バスが来た。バスに乗ったらまた、ぼんやりと外を眺めて過ごす。


 今日は四月の二週目ということもあり、いい感じに暖かい。こうぼんやりとしていると眠くなってくる。


 気づかないうちにバスに乗ってから十五分ほど経っていた。ちょうどバスが俺の学校の停車場所に入っていく。バスを降りて、校門にむかって歩く。


 ここ国風学園は30年ほど前に創られた私立校で、なかなかに入学試験は難しい。そのためこの学園には頭のいい奴が結構いる。


 僕の成績は平均といったところだ。毎回の定期テストではちょうど真ん中といったところだろう。


 容姿はさっきも言ったように、俺は陰キャであるから、とっても地味だ。前髪を目にかぶるほどまで伸ばし、制服も着崩すことなくキッチリと着ている。


 まぁ、一言で言ってしまえば全く目立たないそこら辺の人ということだ。


 ……なんで俺、朝っぱらから自分ディスリしなくちゃいけないの?泣いちゃうよ?


 悲しくなってきたから、この辺で俺の話はやめて教室に行こう……。


 教室に入ると一瞬全員の目がこちらを向くが、俺だとわかるとすぐに気に留めなくなる。


 気にされないのは僕的にも楽で良いのだが、挨拶くらいはしてくれてもいいんじゃないの?


 まぁ、それほどまでにどうでもいい人種ってことか、俺は……。


 自分の席に座って文庫本を開く。


 窓側から二列目の一番後ろ。何とも言えない席で本を読んでいると前から「よぅ」と声がかかる。俺は本を閉じてそいつを見上げる。


 彼の名は高田康政たかだこうせい


 中学からの友人であり、俺がいちばん気を許している奴だ。


 あまり美的感覚に優れていない俺から見ても整った顔立ちをしていることが分かるほどのイケメン。それなのに彼女はいない。


 彼にその理由をたずねたら、「女は一人よりもたくさんいたほうが良い」と言っていた。正直、クズだと思う。


 まあでも、なんだかんだで良いやつだから彼に悪印象を抱いたことはない。


 その証拠に今も教室に入ってきたクラス委員の女子が、昨日提出したノートを重そうに持っているのを見てすぐに駆け寄っていった。


 クラスで人気も高いんだから持論なんて捨てて恋愛すればいいのに。


 そんなこと言ったら怒られそうだし、第一俺も恋愛なんてしたことがないから偉そうには言えない。


「恋愛」、魅力的には感じるが、人とのかかわりにあまり興味がない俺にとってはどうでもよく思える。


 人とだらだら遊ぶくらいなら、一人でいたいよね。……え、これって普通の感覚じゃないの?


 俺が頭の中で悶々としているうちに時間はどんどん過ぎていき、気づけば教壇には既に先生がいた。このクラスの担任は比較的若くて元気溌剌な感じの人だから、人気は高いが俺はどうも好きになれない。なんか、うるさい……。


 そんな俺の考えは届くはずもなく今日も一通りクラスの前で騒いだ後にさっさと出て行った。そして授業を左耳から右耳に通過させて、時間は昼休み。


 この学園には食堂がある。


 中は天井まで吹き抜けになっていて開放感があり、俺はここの窓際の席で外を見ながら昼ご飯を食べるのが好きだ。


 こういう時間こそ一人で過ごしたいものだが、生憎教室を出るときに康政に捕まってしまい、仕方なく一緒に食べている。


 外の景色を眺めながら穏やかな気分になっていると、隣の騒音メーカーがくだらない話を始める。


「誰か、びっくりするくらいかわいいやついねぇかなぁ。マジで今女に飢えてるんだが……」


 これだから昼ご飯は一人で食べたいんだよ……


 ……こいつ黙ってればイケメンなのにな。ひどく残念な性格をしている。


 そう思いながらも会話には乗っかってあげる。


「留学でもして、外国の美人捕まえてくれば?お前なら英語できなくても引っかけられるんじゃないの?」


「それができたら今からでも飛んでってるわ。お前も俺の親父の古臭さ知ってんだろ。」


 構成の父の陽介さんは昔の人ということもあり、考え方が古い。


 恋愛も自分が認めた人でないと許さないらしく、そうした考えが康政をひねくれさせたのではないかとも思っている。


 そんな他愛もない話をしながら教室に戻り、午後の授業をひたすら睡魔と戦って、放課後。


 俺は放課後はすぐに帰って一人でゆっくりしたいので、部活などには所属していない。


 いわゆる帰宅部なので放課後はすぐに帰宅する。ちなみに康政はテニス部に入っている。彼曰く、モテるスポーツなんだらしい。あいつはスポーツを一体何だと思っているのか……。ちなみに、上手いのかどうかは知らない。


 バスに乗って駅へ向かい、電車に乗って家に帰る。


 これが僕の大して面白くもない一日だ。きっとこの先もずっと、こういう平凡な日常が続いて行くんだろう。


 しかしこの日は帰り道で一つイレギュラーがあった。


 朝パスケースを渡した彼女が、駅でまたもや困り顔で鞄を漁っているところを目にしてしまったのだ。

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