第2話 side涼風 出会い

 もう、どこにやってしまったんでしょう……


 私こと姫野涼風ひめのすずかは改札口の前で困り果てていた。


 定期券の入っているパスケースをどこかに落としてしまったようだ。


 今日は早めに学校に行って勉強しようと思ったのに……。ないとは思うけどカバンの中、もう一回確認してみます!


 改札口を通る人の邪魔にならないように端のほうまで移動してカバンの中をもう一度確認してみる。カバンの下のほうまで手を入れて探してみたがやはり見当たらない。どこかに落としてしまったのだろう。


 仕方ないです。探しに行きましょう……。


 そうして振り返ると、少し離れたところからこちらを凝視している同年代に見える男の人がいた。


 はぁ……、もういったい何人目なんでしょうか?


 涼風はアイドルにも勝るほどの美貌の持ち主であり、スタイルもほっそりしているが出る所は出ているという理想的な体型をしているため、中学に通っていた時には毎日のように数多くの異性から告白されていた。


 高校は女子高に進学したため、そのようなことは減ったが、今でもたまに駅で声をかけられることがある。


 いわゆる、ナンパである。


 あの人もどうせ私に興味本位で声をかけに来ているのでしょう。


 涼風は思わず大きなため息をついてしまう。


 どうしてしゃべったこともない人にいきなり話しかけて、今日会ったばっかりの人になれなれしくされなければいけないんでしょうか……?


 もういい加減、放っておいてはもらえないんでしょうか?


 そう考えているうちに、一年前の事を思い出し、イライラしてきた。これ以上近づけないようにその人を睨みつける。


 あぁ、そんなことしたら自分が危険な目に遭うのに。私ってお馬鹿さんなんだなぁ……。


 でも、その人は私の睨みにビクッと肩を震わせて一歩後ずさった。


 ……なんでこの人は今までの人みたいにぐいぐい来ないんでしょうか?


 向けられる視線の違いに若干の違和感を感じながらも、関わってもいいことがなさそうだと思い、大人しく横を通り過ぎようとした。


 しかし、その男の横を通り過ぎようとした瞬間、男は何かを思い出したような顔をして、「あ、待って!」と言って、慌てて涼風の腕をつかんだ。


 触られたことに対する恐怖を鎮めるために、私はもう一度その人を睨みつけた。


 本当なら今すぐここから立ち去って、パスケースを探しに行きたいのだが、自分の身の安全のために、立ち止まった。


 早くホームに戻らないと、時間が無くなってしまいます!


 そう思った涼風はいかにも迷惑そうな顔をしてみせた。すると男は苦笑いを浮かべて、涼風の腕をつかんでいた手を離してそのまま彼の制服のポケットに突っ込んで、何かを取り出そうとした。


 ナイフとかで脅されるのかな……?どうしよう。


 涼風は焦って、ひどく怯えたが、彼がポケットから取り出したものは全く予想もしていなかったものだった。


 それは涼風の定期券が入ったパスケースだった。


「え、どうしてそれを?」


「やっぱり君のだったんだ」


 その男の人はほっとしたように言った。


「ホームからここに来るまでの階段でこれを見つけて拾ったんだ。中に定期券が入ってたから改札出れなくて困ってるんじゃないかなーって思ってね。そしたらやっぱり何かを必死で探してる人がいたからこれを渡そうと思ったんだ」


 涼風が自分が思ってもみなかった返答にあっけに取られていると、彼はパスケースを返してくれた。私は自分がひどく勘違いしていたことに恥ずかしくなって、うつむきながら言った。


「てっきりナンパでもされるんじゃないかと思って、警戒してたんです。親切にしてくれたのに、睨みつけたりしてごめんなさい!」


 すると彼は微笑みながら言った。


「警戒するのは当然だと思うし、渡すのにもたもたしちゃった僕がいけないよ。あんなにじろじろ見られたらそう思っちゃうよね。怖い思いをさせて悪かった」


 普通なら私が謝ると、皆お詫びに俺の言うことを聞けと嫌らしい笑みを浮かべながら迫ってくるというのに、この人はそんなことを言うどころか、自分が悪かったと頭を下げた。


 私はまたもやびっくりして彼の顔をまじまじと見つめた。すると彼は顔を赤らめてそわそわしながら、そろそろ行くねと言ってその場を去ろうとした。


 私は咄嗟に頭を下げた。


「本当にありがとうございます。助かりました!」


 彼は「今度からは気をつけろよ」と笑顔で手を振りながら行ってしまった。


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