147 青髪の彼女

「死を予感しましたか? それとも、愛する者の窮地きゅうちを悟って目覚めたのか。どっちなんでしょうね」


 乾いた額から流れる汗。ギリリと歯を見せる彼の髪から、青みが薄れていく。

 クラウの身体からワイズマンが抜けるのかと喜んだのも束の間、眼光の強さはどんどん増していった。

 その苦しさに悶える様は、死に物狂いという言葉が合うのかもしれない。

 彼の中でクラウの意思が影響を与えているのだろう。抵抗を振り解くように、ワイズマンは右手を高く掲げた。


「それならメルーシュ、貴女をいただきますよ」


 一瞬見せた穏やかな顔に、「えっ」とメルの緊張が緩んだ。

 クラウの意思を垣間見たのだろうか。けれどそれは装った笑顔だ。

 ニヤリとにじんだ本性に、メルが目を剥く。彼女の腕にワイズマンの手が触れた時、凄まじい気配がそいつの身体から沸き上がった。

 感じたことのない威圧感は、風とも異なる圧力で俺たちの足を踏ん張らせる。


「やめろぉぉおお!!」


 轟いた叫びはクラウ自信。その身体とワイズマンの魂が分離したその瞬間に、


「ヒオルス、私を殺しなさい!」


 状況を悟ったメルが叫んだのは、忠誠を誓ったヒオルスへの残酷な言葉だった。

 膝からバタリと地面に倒れたクラウに駆け寄って、チェリーが口元と胸に自分の耳を近付ける。「大丈夫」と顔を上げて、クラウの身体をひょいとお姫様抱っこすると、親衛隊の二人の間へと並べた。ヒルドといい、想像の遥か上を行く怪力だ。


「気力を使い果たしたようですね」


 メルの声がそんなことを言って、俺はぎょっと背中を震わせた。


「メルちゃんじゃない……」


 その変化に、美緒が息を飲み込んだ。

 栗色の髪は、さっきまでのクラウと同じ色になっている。喉をう鱗模様が答え合わせのように現実を突き付けてきた。

 髪が黒色に戻ったクラウは、目を閉じたまま何かにうなされたように荒い息を繰り返す。


「メルーシュ様!」


 青髪の彼女を見て、ヒオルスが愕然がくぜんと立ちすくんだ。

 主からの返事はない。クラウの姿をしたワイズマンに向けて剣を抜いたヒオルスは、柄に手を掛けたまま硬直してしまっている。


「親衛隊がそんなものだってことは、大昔から分かっています。結局は文字通りの護衛役でしかない」

「その顔で、そんなこと言うなよ!」


 ついカッとなって声を上げると、ワイズマンは勝ち誇った顔で鼻を鳴らした。

 メルと同じ顔をしているのに、中身が違うだけで別人だとはっきりわかる。

 ワイズマンはクラウへ視線を向けて、軽いため息を吐き出した。


「目覚めることができたのは、褒めてあげますよ。貴方がそれでも魔王に執着すなら、足掻いてみてもいい。目覚められたら、の話ですが」


 その声は、クラウに届いているのだろうか。仰向けで目を閉じたまま、反応は示さない。

 メルの姿をしたワイズマンは、自分の口元に指を添えた。指笛でも吹くのかと予想したところで、表情を陰らせる。


「やはり貴女は素晴らしい素質の持ち主だ」


 パチリと瞬いた瞳を、うつろに漂わせる。唇から指が離れて、彼の瞳の赤が強くなった。


「思い通りにはさせないわ」


 それは彼女の言葉だろうか。


「やめ……なさい!」


 すぐ後に続いた声は、ワイズマンの叱責。

 彼女の意思を感じて俺たちは歓声を上げるが、様子がおかしいことはすぐに分かった。


「離れなさい!」


彼女が叫んだその言葉に困惑してしまう。


「離れろって? 何するつもりだ?」

「まさか、そいつごと自爆するつもりなの?」

「はぁ?」


 ヒルドの言葉に驚愕して、ヒオルスが「なりません」と両腕を広げて主に駆け寄った。


「魔王よ、よしなさい……」


 ワイズマンの身体から青い光が沸くが、それは一瞬だけ紫を帯びて赤い色へと変化した。

 体は小さいままなのに、それは緋色の魔女を思わせる色だった。


 メルは今、ワイズマンに対して必死の抵抗をしている。それは彼女にとって最悪の結末をもたらすものかもしれない。

 赤い光が増幅して視界を血の色に染める。


「メルーシュ様ぁ!!」


 ヒオルスの叫びをかき消すように、足元からドンという衝撃が俺たちを突き上げた。

 


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