44 二人の気になる関係は?

 「はぁあああ!」と気合を入れて突撃したメルの剣に、ゼストが稲妻を浴びせかける。

 

 ピカーン! とハレーションを起こした、ゲームで言う所の『雷剣かみなりけん』は、飛び上がったメルが示すままに、ジーマの心臓を一突きにしたのだ。


 全身に伝わる衝撃と光でジーマは白目を閉じ、ドンと派手な音をたてて店の真ん中にぶっ倒れる。一瞬にして絶命したヤツはもうピクリとも動かず、弾かれた床のガラス片がキラキラと舞い落ちた。


 俺たちではあんなに苦戦したのに、二人が来ただけで小さなカーボと大差ない戦闘時間で終わってしまったのだ。


「カッコいい!」


 緋色の魔女と戦った時に見た、炎の剣と同じだ。

 俺が興奮気味に呟くと、後ろでおかっぱ男が目も口も丸くしながら「凄い」と歓声を上げた。


「ジーマ一匹にどんだけ手こずってんだよ。魔王クラウザーは、前王メルーシュが仕掛けた百匹のジーマを相手に一人で戦ったっていうぜ?」

「ひゃくぅ? 魔王ってそんなに強いの? 流石魔王というか、緋色の魔女ひいろのまじょも酷なことするね」


 おかっぱは仰天してそんなことを言う。

 服屋のヤシムさんに『緋色の魔女』の名前は聞いていたが、直接前王メルーシュを指す言葉だとは知らなかった。

 チェリーは口をつぐんでいたが、当のメルは困り顔で押し黙っている。メルが前王メルーシュだという事は秘密だ。


「コイツはどうするんだ? 食うのか?」

「ジーマなんて食べたことないけど、美味しいのかい? 料理人は裏から逃げちまったし、私一人でどうにかなるかね」


 そういえば、厨房に居た男たちはジーマの出現であっという間に居なくなっていた。

 マスターは軽く握った拳を厚めの唇に当てて、少しだけ考えるそぶりを見せると「よし」と腕を組んだ。


「店もこんなにぐちゃぐちゃだし、料理してみようかね。こんだけの肉があったら大分稼げるだろ」

「俺もジーマは食べたことないけどな」

「微妙な味だったらスパイス多めに振っときゃいいよ。この店を襲ったジーマだ、ってね。うちの客には話題だけあれば十分」

「相変わらず男勝りだな、アイル」


 ゼストは彼女の名前を口にして口笛を鳴らした。


「そりゃあね。周りの男どもがあんなヤワなのばっかじゃ、私も強くなっちまうよ。もう、アンタたちの事を見習わせてやりたいね」


 マスターは、俺とおかっぱをさらりと見てから、チェリーをうっとりと見つめた。完璧に惚れてしまったようだが、いつもの彼を見たらどんな反応をするだろう。


「また来てくれる?」


 明らかにチェリー一人に向けた言葉に、彼は「そうだね」と答えた。


「けど、生憎大人の女には興味ないから、それは分かって」

「面白い事言うんだね」


 いや、ちょっとまて。

 それはどういうことだろうか。

 チェリーのいつもの態度から、男に興味あるのは何となくわかっていたけど。


 (それって、小さい女の子はいけるって事じゃないだろうな?)

 

 俺は慌ててメルを振り向いた。


「ユースケー!!」


 ジーマの血で濡れた剣をせっせと布で磨いていたメルと目が合った。彼女はパッと笑顔を見せ急いで剣をさやに収めると、青いワンピースを揺らしながら俺の胸に飛び込んできた。


「これ痛くない?」


 爪先を伸ばして、メルが俺の額に手を伸ばす。ジーマの戦闘で流血していたことなどすっかり忘れていた。


「あぁ、血も止まってるし、大丈夫だ」


 「良かったぁ」とぎゅうっと抱き締められて、俺は戦ったことすら忘れてしまいそうになる。


「メルはその服、新しく作って貰ったのか?」

「どうせ破くだろうって、ヤシムさんが同じのを作っていてくれてたみたい」


 山で緋色の魔女が現れるのは、ヤシムさんにはお見通しの事だったようだ。


「ユースケにも来て欲しいって言ってたから、明日一緒に行きましょうよ」

「わかった」


 何だろうとは思ったが、彼とは報告がてら話もしたいと思う。

 ふと視線を上げると、おかっぱがマスターと話しているゼストの事をじっと見つめていた。そういえば彼等は剣を交えたことのある間柄らしいが、ゼストは知人のようなそぶりも見せない。


 俺はメルの手をそっと抜けてフワフワの頭をポンと撫でると、おかっぱの後ろにそっと立って、


「ゼストとは剣を交えた仲なんですよね?」


 と聞いてみた。おかっぱは肩をビクリと震わせ、「あ、あぁ」と小声で返事する。


「まさか、君たちも知り合いだったとはね」

「ゼストは俺の先生なんです」

「彼は何か教えてるの? 剣……にしては君はまだ未熟のようだけど」

「ま、まぁ色々と」


 男女の身体の仕組みについて熱弁していた保健体育教師・平野が頭に浮かんで、俺は思わず苦笑する。

 「へぇ」と涼しい反応をするおかっぱに、俺はゼストを呼んだ。


「先生、ここにいる彼が先生の知り合いだって言ってますよ」

「ちょ、君っ! 勝手に言わないでくれる?」

「だって知り合いなんですよね?」


 観念したように唇を噛んで、おかっぱは前に出た。

 ゼストは「はぁ?」と眉間に皺を寄せて首を左右にひねるが、早々に「すまん」と謝罪した。


「ちょっと思い出せねぇな」

「僕はヒルド=アルグーン。兵学校の時、隣のクラスに居たんだけど」

「は?」


 それを聞いて、俺は思わず疑問符を口にしてしまった。

 数ある歴戦の中で戦った相手とかじゃなかったのか? しかも隣のクラスって――。


「あぁ、そういうことか。悪い、覚えてねぇな」


 頭をボリボリとかいて、ゼストはもう一度謝ったのだ。




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