43 どうやら彼は時代劇が好きなようだ。

「さぁ、掛かって来いよ」


 相手は剣で戦うわけじゃない。

 こっちから闇雲に剣を振るより、向こうからの攻撃に対してカウンターを取ればいいじゃないかというのが最初に浮かんだ俺の戦略だ。


 1.羽で殴られそうになったら、かがんで腹を切りつける。

 2.体当たりが来たら、軽く横にかわして後ろから刺す。


 脳内イメージだけは完璧なのに、現実とはまぁ無情なもので。予期せぬことが起きるのがリアルなのだ。


 ジーマのデカい両羽が壁のように左右へ大きく広がった。バッサバッサと音を立てて、羽が何度も前へ振られる。俺を抱え込んでそのまま絞め殺そうとでもいうのか。

 横にも下にも逃げられない挟み撃ちなんて、反則だ。


 恐怖に顔を反らして構えただけの剣はジーマの片羽をかすめるが、衝撃を受けたのは俺の方だった。

 ジーマは俺のなまくらじゃあ傷をつける事さえできないらしい。

 距離を詰めるように向かってきた体が、全体重をかけてドンと俺に衝突する。

 両足が地面を離れて、次の瞬間に俺はもう地面に叩き付けられていた。まさに、おかっぱ男と同じ状態だ。


 あまりにも一瞬で、受け身を取る暇も与えてはくれなかった。


「ユースケ!」


 チェリーの声。

 全身がきしんで、痛みの感覚も怪しい。けど、意識ははっきりとしている。

 押さえつけられたような額の重みに手を当てると、掌が赤く染まった。


「うあ……」

「変わるよ、ユースケ!」


 駆け寄って来るチェリーの声に、俺は「駄目だ」と手を上げた。


「もう少しなら、行けそうなので」


 勝てる気なんて全然ないのに、立ち上がろうと思ってしまう。

 クラウの力をあの山頂で使ってしまったことは、本当に失態だ。

 あの時は俺一人の事だったのに、今ここには俺以外に三人も無防備な人間が居るのだ。


「お前……」


 か細い声が耳に届いて、俺はそいつの方を一瞥してからゆっくりと身体を持ち上げた。


「生きてたんですね」

「僕のこと勝手に殺さないでくれる?」


 おかっぱ髪の男が目を覚まし、俺に続いて身体を起こした。傷だらけの顔でジーマを見据え、彼は強気に言い放った。


「大分痛いことしてくれるね、お前。けど、僕はこんなんじゃやられないよ?」

 

 復活した彼は大分強気だ。

 さっきジーマに顔を潰されるとこだったのは黙っておこう。

 乱れた髪をサッと整え、ガラス片と残飯で汚れた上着を脱ぎ捨てた彼は、爽快な顔でギラギラと宝石の付いた剣を両手で握り締めた。


「二人で行けば、勝てますか?」

「当たり前だ。僕は魔王親衛隊のゼストと戦ったことがある剣師だよ?」

「じゃ、期待しますよ」


 おかっぱは意気揚々と口角を上げ、ジーマに切りかかった。

 一打目を羽にかわされるも、そのまま次の二打目を相手の腹部に入れることが出来た。


 おかっぱ絶好調――だが。

 ジーマは「キイ」と鳴いて両羽を高く振り上げた。


 おかっぱ男は追撃を試みるが、羽に阻まれて弾かれてしまう。


「お前も来い!」


 彼が叫んで俺は特攻する気持ちで剣を構えた。

 切っ先をジーマへと伸ばし、力の全てを掛ければきっと。


 再び食らいかかるおかっぱ男に、ジーマの意識が向いているうちに。


「いけぇ!」


 囁くような気合を込めて。

 俺は真っすぐにジーマの脇腹へと剣を突き刺したのだ。

 肉に食い込む剣の感触にぞっとするが、「耐えろ」と自分に言い聞かせ、さらに奥へと刺し込んでいく。


 ギィイイ! と悲鳴を上げたのはジーマだ。

 しかしそれでも絶命する様子はない。ギャアと鳴いて力ずくで身体を捻り、俺の手を振りほどいた。


「うわぁ!」

 

 飛ばされた俺がチェリーの前へ転げる。


「大丈夫かい?」


 心配するマスターの声と、手を差し伸べようとするチェリーに背を向けて、俺は全身の悲鳴を殺して立ち上がった。

 ジーマは俺のなまくらを腹に刺したまま傷口に血をにじませて、おかっぱの剣をかわし続けている。

 ダメージを受けた筈の身体なのに、戦闘への支障はないのか。


 怒りでパワーが増幅しているようにさえ見えて、手ぶらの俺はどうすればと、足元に転がった肉用のナイフを取り上げて考えてしまう。けど、こんな小さい刃じゃ太刀打ちできない。

 放り投げたナイフがカツンと床を鳴らすと、すぐ後にジーマの攻撃がおかっぱの剣を弾き飛ばした。

 宝石だらけの趣味の悪い剣が、勢いよく天井近くの壁に垂直に突き刺さる。


「うぉおお」


 背よりはるか高い位置に固定された剣を取り戻す隙なんて、俺たちにはなかった。


 「もう終わりだ」と嘆いた声がバリバリと轟いた雷鳴に掻き消される。


 ドン--。


 目の前に突き落とされた黄色い光に焼かれるジーマ。

 これと似た状況を、俺は前にも目にしている。


「クラウ……?」


 そう予測した声を否定するように、入口から彼女の声が響き渡る。


「ジーマ、ユースケを傷つけたら私が許さないんだから! このメル様が相手よ! ……って、これでいいの? ゼスト」


 こっそりと確認する声に思わず吹き出してしまう。俺は二人の登場に安堵して、力が抜けてしまった。ヘロヘロとそこに座り込むと、先に振り返ったおかっぱが、二人の姿に「えっ」と驚愕の声を上げる。


「おう。完璧だぞ、メル。やっぱ主役は最後に美味しいとこ持って行かないとな」


 こんな夜にタキシード姿の彼は、まさか呼ばれてから着替えたのだろうか。

 彼の傍らで剣を抜くメルは、見覚えのあるカーボ印が入った真新しい水色のワンピースを着ていた。


 とりあえず「良かった」と俺は息を吐いたのだ。

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