34 異世界に行った彼女たちの行方

 俺のクラスの担任で、保健体育教師で、おっぱいは普乳がいいと言い放った『普乳普及協会の代表』の平野が、こっちの世界の鍛冶屋の店主、兼、魔王親衛隊のゼストだったなんて。


「先生は、平野鉄平てっぺいじゃないんですか?」


 俺は、ちょっと楽しみにしていた豪華なトード車の中に乗ることを断念して、箱の外側にある運転席に乗り込んだ。

 背後のガラス窓を一瞥すると、チェリーとメルが談笑していて羨ましいと思うが、今の俺はこのゼストに質問したいことが山ほどあって諦めざるを得なかった。


「向こうの俺は平野鉄平だから、ゼストでもどっちも間違っちゃいないんだぜ。好きなように呼べばいいぞ」


 藍色のタキシードの胸元をドンと叩き、ゼストは俺の高校で働くようになった経緯を簡単に話してくれた。まぁ、私立だからできたんだよなと言う感じだ。

 学園長に気に入られたらしいから、女教頭の泉が事あるごとに平野に突っかかっていたのも納得できる。


「で、先生が美緒をマーテルさんに連れて行かせたんですか?」

「いや。及川はマーテルが見つけたんだよ。あっちの世界とこっちの世界には入口が一つずつしかなくてな。穴のあるあの町に、必然的に関わりが深くなるのさ」


 ドンと車輪が石を踏んで、尻が弾んだ。二頭のドードが一斉にいななくが、ゼストが手を伸ばして背を撫でると、すぐに元の動きを取り戻した。大分彼に慣れているようだ。


「胸が大きいから連れていくなんて随分勝手な話ですけど。先生は俺に嘘言いましたよね? 美緒が居なくなった日――」


 朝の出欠確認の時、彼ははっきりと「そんな名前の女子は居ない」と言い放ったのだ。


「あぁ悪いな。あの時は、俺も驚いたんたぜ」

「悪いな、って謝ればいいんですか? 俺は、あの後マーテルさんやクラウに会えなかったら、今もずっと向こうで美緒の事探してたんですよ?」


 ついつい声が大きくなってしまうが、トード車は既に町を抜けていて、誰かにそれを聞かれることはなかった。車輪の音も大きく、後ろの二人にも届いていない。


「謝る以外、お前は俺が何すれば納得するんだ?」

「美緒は無事なんですか? 美緒も先生がこっちの人だったって知ってるんですか?」

「無事だよ。昨日こっちに来てから初めて会って、凄い顔で驚かれたけどな。夕食の後にケーキを10個も食ったって楽しそうにしてたぜ」

「ケーキ10個?」


 彼女への心配など無駄なのだろうか。

 凄い顔で驚く彼女を想像しながら元気そうで良かったとホッとする反面、少し寂しいと思ってしまう。


「じゃあ俺がこっちに来てることは?」

「それはクラウも言ってない筈だ。けどお前が及川の保管者になるなんて、運命ってのは残酷なことしてくれるよな」


 美緒が俺の事情を知らないと聞いて、俺はホッとしている。

 開けた緩い丘を上っていくトード車。

 ついこの間メルと見た風景と同じだ。


「残酷だけど、俺は自分がそれに選ばれて良かったとも思います」

「他の奴には譲りたくないってやつか?」


 はっきり言われると何だか恥ずかしくなるが、その通りだから「まぁ、そんなとこです」と答える。


「あと、先生は今もあっちの世界に行っているんですよね? 俺の保管者は誰なんですか?」


 尋ねてはみたものの、答えを聞くのが怖かった。そのシチュエーションを頭に描くと、両親の時だけ妙に申し訳ない気分になってしまう。

 膝に乗せた拳に力を込めて答えを待つが、ゼストは「それが」と言葉を濁した。


「分からねぇんだよ」

「えっ――?」

「俺も気になって調べてみたんだが、思い当たるとこは全部スカだ」

「じゃあ、俺には保管者が居ないって事なんですか?」

「んなワケねぇよ。保管者の存在は、転生者にとって絶対だ。お前の事も向こうじゃみんな忘れてる。だから、どっかに居る筈なんだけどなぁ」


 ゼストは顎を指先で揉みながら、「うーん」と唸る。


「転生者の存在ってのはよ、俺みたいなこっちの世界の奴には無関係なんだ。俺はちゃんとお前も及川も覚えてるからな。それに加えて、こっちに来てる転生者にも効かない。だから、及川もお前を忘れてなかった」

「美緒が俺の保管者ってことはないんですか?」

「ないない。保管者は相互にならないって決まってんだよ」

「そういうものなんですか」


 俺の保管者が両親でないなら、それほど気にすることではないのかもしれない。

 保管者の死は転生者の存在記憶の抹消に繋がる。だから、俺の保管者が無事で平和に、いつも通り過ごしてくれれば問題ないのだ。


 ふぅと俺は一息ついて、硬い背もたれに背中を預けた。

 ゴンドラの乗り口が遠くに見えてきて、後ろからメルのはしゃいだ声が聞こえて来る。

 ゼストはそんなメルを振り返り、小さく手を振った。


「大丈夫、及川はそのうちお前のトコに戻ると思うぜ。クラウだって、帰るっていう女を無理矢理置いとこうとはしないだろ」

「けど、美緒はこの世界を嫌がっていないんですよね?」


 そこが一番問題なのだ。話を聞いていると、むしろ楽しんでいるようにしか思えない。


「まぁ確かにな。佳奈かなとも仲いいみたいだし」

「佳奈?」


 初めて聞く名前だった。クラスにもそんな名前はいなかった気がする。

 特に動揺する様子もなく、ゼストは彼女の話をした。


「二年の女子だぞ」

「えっ。もしかして、テニス部の先輩ですか?」


 ふと辿り着いたその人物に、俺は友人の木田が悲しさにむせび泣く顔が浮かんで、身体ごとゼストに向けた。

 異世界に転生したらしい『テニス部の先輩』は、みんながその記憶を消す少し前から行方知れずになっていて、同じ部の後輩である木田が涙を流していたのだ。


「佳奈の事知ってるのか? そうそう、俺が連れてきた転生者だよ」

「痩せてて巨乳で、美人の?」


 「そうだ」と同意するゼスト。


 そして。

 顔も知らないし、名前も初めて聞いたその彼女の事を、教師である平野鉄平、もとい、魔王親衛隊のゼストは、こう言い放ったのだ。


「クラウの条件でこっそりこっちに連れてきたけどよ、アイツは俺の女だからな」


 なに――?

 お前、普乳が好きだって断言してたじゃねぇか!!

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