35 異世界の概念に、俺は白旗を上げる。
「言っただろ? 俺は普乳が好きなんだよ。たまたま好きになった女が巨乳だったってだけじゃねぇか」
ゼストの言葉に説得力は全くないが、
「お前だって爆乳が好きだから及川の側に居る訳じゃないんだろ?」
そんなことを言われては、深く突っ込めなくなってしまう。
「別に、美緒が貧乳でも問題ないですけど」
「だろ?」
いや、それはちょっと寂しいかもしれない。
「けどそれって、相手も同意してるんですか? 先生が変なこと言ってたぶらかしたんじゃなくて? 淫行わいせつ教師とか言って、後で訴えられたりしません?」
「俺を犯罪者みたいに言うなよ。いいか、佳奈は俺にぞっこんなんだからな?」
教師と生徒のラブロマンスなんてのは少女漫画とかでありそうなネタだが、普段から下ネタ満載のゼストにはどうしても当てはまらないし、木田が泣く程の相手とくれば、疑わざるを得ない。
「だって、ゼストは異世界で夜遊びしまくってるってメルから聞いていたので」
「お前、それは佳奈と色々ある前だからな? くれぐれも本人には言うなよ?」
「そういう事にしておきます」
「絶対信じてないだろ」
苦笑して、ジロリと俺を睨むゼスト。
「第一、魔王のハーレムに入れる口実で恋人を連れて来るなんて、先生は心配じゃないんですか?」
「そりゃ心配ないわけねぇよ」
いつになく神妙な表情で細く溜息をつき、ゼストは俺から顔を背けた。
「けどこれは二人で決めたことだから。俺は絶対にアイツを守る――って、何言わせんだよ」
カアッと顔を赤くするゼストに、俺は「意外です」と思ったままに伝えた。
「お前だって、及川の事本気だからこんなとこまで来たんだろ?」
「本気?」
「好きかって事だよ」
「えっと……」
はいそうです、と即答が出来ない。いまだにその気持ちは宙ぶらりんのままだ。
「好きなんですかね。美緒は小さい頃からずっと一緒で。俺はただ、胸が大きいからとか、王子様に憧れてるからって変な理由で、俺の前からいきなりいなくなるのが何か許せなくて」
「お子ちゃまだな。まぁいい、頑張れよ。俺にできる事はフォローしてやるから」
晴れやかに笑ったゼストにバシリと背中を叩かれ、俺は「お願いします」と頭を下げる。
「先生の特権で城に入れてもらったり、美緒に会わせてもらうことはできないんですか?」
「それは無理だ」
まぁ、そう来るだろうとは思ったけれど。
☆
ゼストはゴンドラの麓で俺たち三人を下ろし、二頭のトードを近くの舎へ預けに行った。
「ユースケはゼストの友達だったのね」
「友達っていうか、あの人は俺の先生なんだよ」
「そうなの? 凄い! ゼストは何でもできるのね」
ぱああっと笑顔を広げて、メルが尊敬の眼差しを坂の下から歩いてくるゼストに向けた。
メルの中でゼストのポイントがアップしたようだが、その実態を知ったら……いや、やめておこう。
ところで、メルの背中には剣が戻っている。
どうやら昨日の夜、ゼストに預けていたらしい。彼が鍛冶屋の主人だという設定は、俺にはまだ馴染めていない。
ゴンドラの入口で、オーナーから今回の討伐における賛辞の言葉を10分ほど聞くという苦行の後、俺たちは山頂を目指した。
ふつふつと俺の中で妙なテンションが上がって来る。
青空に映える景色を「綺麗だね」とメルに言いながら、頭の中は風呂の妄想でいっぱいだった。
「スケベなこと考えてるだろ」
「かっ、考えていませんよ!」
ゼストにそう反抗するも、チェリーには「そんなに待てないの? もう可愛いんだから」とからかわれてしまう。
彼が男だと理解しているのに、開いた胸元に目が行ってしまう俺は、本当に経験値が足りなすぎると改めて自覚する。
トード車で半日以上かけた道のりは、ゴンドラに乗ると20分ほどで到着することが出来た。
頭の中が卑猥な妄想でいっぱいの俺の手を握りしめ、メルはスキップで坂を上っていく。
途中、この間泊ったコテージの横を通ったが、戦闘の跡は全く残ってはいなかった。思い出すと苦しくなりそうなところだが、今の俺には辛かった過去なんてどうでも良かった。
ようやく辿り着いた温泉は、俺が想像していた以上に広かった。
公園の池を思わせる広さの湯気が沸き立つ乳白色の水面を前に、俺は山の下から膨らませてきた妄想を一気に爆発させた。
「じゃあ、行ってくるわね」とずらりと並んだ小さな個室に入っていくメルとチェリー。
「お前も着替えて来いよ」
ニヤニヤと笑うゼストに手渡されたのは、黒い半ズボンタイプの水着だった。
ズバリ、スクール水着(男子用)というやつだ。
「……だよな」
あわよくば、裸のメルと一緒に風呂というシチュエーションを期待していたが、観光地で男女入り乱れての全裸と言うのは異世界とはいえ難しい事なのかもしれない。
がっくり肩を落とす俺を残して、服のパーツが一番多そうなゼストが、あっという間に黒パンツ一枚で戻って来た。魔王親衛隊と体育教師の肩書に疑いを持たせない、筋肉で締まった身体だ。この間、水泳の授業で見た時と何ら変わりはない。
うん、まぁ当然というか、真っ当な現実を突き付けられた感じだ。
けど、水着着用でもメルと風呂に入るのは当然楽しい筈だ。
俺は頭を『みんな素っ裸で温泉を楽しむ』から『温水プールで楽しむ』に切り替えて、着替えをしようと個室に向かった――その時だ。
バタリと開いた扉から、着替えを終えたチェリーが現れた。
「!」
「はぁい、ユースケ。どう? 私の、このナイスバディ!」
色気たっぷりで誘ってくるチェリーが男なのは分かっているのに、突き付けられた現実は俺の想像の遥か上を行っていた。
ゼストの黒い水着姿を見たことで、俺は『水着があるならなんてことはない』と油断してしまっていたのだ。
俺は、異世界に居ることをすっかり忘れていた。自分の価値観や常識なんて、ここでは通じないのだ。
男女同じなら、隠す理由もないのか?
チェリーの水着は、ゼストや俺と同じ黒パンツだった。
偽物とはいえ豊満に揺れる胸を一糸まとわぬ状態で、チェリーは「うふふ」と惜しみなくたわませている。
俺は鼻の奥にドロリとした不快感を覚え、ぐらりと襲ってきた眩暈に意識が遠退いていく。
「きゃあああ!」と驚くメルの声が聞こえて、霞む視界の奥で肌色に染まる彼女を見たのだ。
まさかお前も一緒なのか?
(ダメだメル。お前はそんな格好しちゃいけない!)
俺はギャグマンガのワンシーンみたいに鼻血を吹き出してその場に倒れる。
「
そんなチェリーの声が耳に響いて、俺はそのまま意識を失った。
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