4章 謎多き男たちと平凡な俺の、ふかーい関係。

29 彼がこの世界に居る理由は?

 フワフワとしたおっぱいの感触に昇りつめたテンションが急降下して、俺は再びベッドへと身体を沈めた。


 彼女、もとい彼に背を向け、とりあえずこうなってしまった経緯を考える。


 前日火の番をして風邪気味だった俺は、メルに変な味の特効薬を飲まされて回復した――物凄く不味い薬にこの世の終焉を見た気分だったが、今思えばその時までは平和な朝を過ごしていたんだ。


 そこから朝食をとっているところで、今回の旅の目的ともいえる巨大カーボに襲われた。まさかあそこで遭遇するとは思わなかったが、想定内と言えば想定内。

 状況がおかしくなったのは、戦いの中盤……あれ?


 俺は思わず頭を抱えた。


 メルの忠告を聞かずに近くでその戦いを観戦していた俺が、メルのピンチにあろうことか声を上げて自分の場所を敵に知らせてしまった。


 (ってことは、全部俺のせい?)


 ヤシムさんに警告された、緋色の魔女はメルだった。

 その覚醒を促したのは、もしかしたら俺かもしれない。そして、緋色の魔女はカーボを倒し、その勢いのままに俺を殺したのだ。

 クラウに与えられていた力のお陰で一度蘇生できたものの、再びメルと戦った末に、俺は崖へ転落して――。


 あの時俺が声を上げなければ、この記憶の後半に起きた悲劇は全部なかったのかもしれない。メルが予定通り一人で巨大カーボを倒し、今頃二人で温泉でイチャイチャしてたのかもしれないのだ。


「俺は何て馬鹿なんだ」


 体の痛みに悶えている場合じゃない。俺は何て間抜けなことをしてしまったんだろう。

 崖から落ちてもまだ生きていることは有り難いが、この部屋に来るまでの過程で何があったかは知らないし、ここにはメルも緋色の魔女もいなくて、怪しいニューハーフが同じ布団の中で俺を見つめているのだ。


「え、えっと……」


 けれど、異世界で俺が今唯一頼ることのできる相手は、この男しかいない。

 色々なことを半分諦めて、身体をぐるりと彼に向けた。わかってはいるのに、パッと見ただけだとやはり綺麗な女性だと思えてしまうのが悔しい。


「で、貴方は誰なんですか?」


 一応年上だろうから、丁寧に聞いてみる。


「チェリーよ」


 躊躇ためらいもなく返って来た自己紹介には、パチンと少々古臭い色気アピールともいえるウインクが付いてきた。

 本物の女性だったら嬉しいと思える筈なのに、思わず目を反らしてしまう俺は何て正直者なんだろう。

 けれどきっと彼に助けられたであろうから無下にすることもできず、「ありがとうございました」と礼を言って、改めて『チェリー』と名乗った彼と向き合った。


 化粧と性別が邪魔してうまく予測することが出来ないが、30歳くらいだろうか。マーテルやクラウよりは何となく上のような気がするが、自分の親と比べれば大分下に見える。

 高校の担任で普乳好きと生徒の前で変態宣言をした平野は、25歳だ。


 白いノースリーブから伸びた長い腕には、筋肉が惜しみなくついている。俺の事なんて軽々と運べそうだなとふと感じた思考が、『気絶した俺がチェリーにお姫様抱っこされている図』を連想させてきて、イカレタ頭の重みを掌で受け止めた。


「大丈夫? まだ痛むでしょう? 随分ひどい怪我だったから、生きててくれて本当に良かったわ」


 ホッとした表情で薄く笑みを浮かべるチェリー。うん、悪い人ではなさそうなんだけど。


「治癒師のお嬢ちゃんが間に合わなくて、専門外の魔法使いに診せたから、完全には治っていないのよ。けど、折れた骨は繋がったらしいから安心して」

「専門外の魔法使い? って、え、そんな……大丈夫なんですか?」


 全然安心できないじゃないか。

 それはつまり、ヒーラーじゃない奴にヒールさせたってことだ。国語教師に英語を教わったような。

 ゲームの世界なら専門外の魔法を使えたりもするけど、これは一応リアルな話だ。骨を繋げるなんて誰でもやれることじゃないだろう? 


「本当、この世界は私たちの世界じゃ常識外なことばかりよね」


 ひらひらのスカートの深いスリットから、太股まで見せるという無駄なサービスを付けて、チェリーはベッドからゆっくりと立ち上がった。

 「ですよね」と俺は同意して、ふと彼の言葉に「あれ」と首を傾げた。


「私達の世界、って。まさか」


 チェリーは深く頷いて、「そうよ」と答えた。


「貴方も日本から来たんでしょ? 魔王様の所に来た彼女を追って来たってゼストに聞いたわ」

「彼女って! 美緒の事知ってるんですか?」


 飛び起きようとした俺の身体が再び悲鳴を上げてそのままベッドに崩れるが、俺は必死にその言葉に食い付いた。

 こんな偶然あるだろうか。ゼストと言えば、鍛冶屋の店主で魔王親衛隊の男の名前だ。


 しかしチェリーは首を横に往復させて、「ごめんなさい」と謝った。


「他のコ達の事はあんまり知らないのよ。私は古株だからね」

 

 俺はすぐにその意味を察することが出来た。

 腕を組み、肩をすくめる彼女の妖艶なしかめ顔の下で、巨大な胸が大きく揺れたからだ。


 巨乳の居ないこの世界で、巨乳である理由はたった一つしかない。


 そうか、巨乳だからこの世界に来たのか。

 つまり、美緒の仲間――。


 (いや、ちょっと待て)


 だから。チェリーは女じゃないだろう?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る