28 こんな異世界チートを俺は望んでいない
メルに会ったら理性がぶっ飛ぶかもしれないとクラウに言われたけど、それは俺じゃなくて「メル」のほうだったのかもしれない。
当初の予定では、メルが可愛くて可愛くて、俺が襲いたくなってしまうようなエロい展開だったはずだ。
なのに俺はどうして――彼女をやっつけようと、初心者用のなまくらで襲い掛かってしまったのか。
「お前はメルなんだろう?」
緋色の魔女は答えない。俺の攻撃を不服だと顔全体で表現している。
俺だってこんなこと望んじゃいない。
戦闘訓練なんて、授業で数回剣道をやったくらいで全く役立てられるとは思えない。本来の俺なら、勝てるわけがないのだ。
それなのに。
今の俺は異世界チートさながらに無敵感を放っている。
俺は素早く動く自分の身体を必死に抑えようと力を込めるが、思考と身体がバラバラで止められる気配など全くなかった。
緋色の魔女が俺に殺意を持っていても、彼女がメルなら傷つけたくない――本気でそう思えるのに、彼女を殺そうという別の意思に全身の動きが持っていかれる。
緋色の魔女は何度も攻撃を仕掛けてくるが、俺の身体はありえない体制にまで体を曲げて、その追撃をかわし続けた。
攻撃も、負ける気がしない。後退する彼女を追い詰めて、その命を奪おうというのか。
メルとは違う赤い瞳の彼女を別人だと割り切ってしまえば、俺はこんなに抵抗しなかったかもしれない。相手がただのモンスターなら、魔王の力だ何だとヒーローにでもなった気分で勝ち誇っていただろう。
けど、この戦いで彼女がもし死んでしまったら、二度とメルには会えないのだと思うとこのまま操られているわけにはいかなかった。
「ヤメロ」
顔面目掛けて振った刃が、彼女の左腕で受け止められる。
白い肌に赤い筋が走って、トロリと血が滴り落ちた。
「メル! 悪い!」
そんな傷
こうして剣を撃ち合っていると、俺の初心者用がいかにショボいかが良く分かった。
メルが背負っていた緋色の魔女が振るその剣は、刃も重厚で、俺のがいつ折れてしまわないかと不安になるほどだった。
緋色の魔女は突然俺との間合いから離れ、改めて構えをとった。
無言の
メルは魔法が使えないと言っていたが、緋色の魔女に対する俺の懸念は的中する。
目の前に居るのは『魔女』なのだ。
緋色の魔女は怒りを含んだ表情で、右手に握った剣の刃に左の掌を滑らせた。
手の動きに沿って沸き立つ赤色の炎は、彼女の瞳と同じ色をしている。
そんな武器で攻撃されたら形勢逆転だ。やっぱり俺はここでお前に殺される運命だったらしい――そう思った俺の意思は、やはりまた
(何なんだよ、俺の身体は)
初心者用のショボい剣なのに、俺の右手が炎を与えた。
柄を握りしめた掌から、ジリリと剣へ熱が伝わる。ポツと沸いた炎が刃に広がって、緋色の魔女と同じ武器を俺に見せつけた。
俺にも同じことが出来るというのか。そういや、魔王クラウは『魔法世界の王』だったことをすっかり忘れていた。
「俺は死にたくねぇし、殺したくもないんだよ!」
俺の声なんて誰にも届かない。
両手で構えた剣を胸の横で握り、俺は緋色の魔女目掛けて走り出す。
彼女も同時に駆け出して、お互いにまた殺し合いを始めた。
決着が着いてしまうかもしれない、渾身の一撃。
俺は自分の身体に運命を委ねる事なんてできなかった。
必死に抗って、別の意思が誘導する軌道を引きちぎるように身体をひねった。
幸運にも炎の剣が掌から離れ、足が弾かれたように横へ
来た――俺はそこから一心不乱にその場から離れた。
ゴオッと音がして、背後から炎の玉が飛んでくるが、寸での距離で接触を
逃げて逃げて、俺は坂を下りていく。咄嗟に判断した方向が、慰霊碑とは反対側だったことが、俺の運命だったのかもしれない。
舗装されていない土を走り抜けて辿り着いた場所は、地面の途切れた崖だった。
俺は立ちすくんで、近付く彼女の足音に震えた。
崖とはいえそれなりに木は生えていて、それを伝っていけば下りれないことはない。
けれど、それじゃあ間に合わない。これ以上横に移動しても同じだ。
どうする――? そんなことを考えている余裕なんてない。
もう、ここを下りるしかなかった。
すぐ下の木に手を掛けて、足を滑らせていく。
しかし傾斜の土は思った以上に湿っていて、焦った俺はつるりと坂に転倒した。
「うわぁ!」
勢いを付けた俺の身体が、加速して一気に下へ下へと転がっていった。
何度も岩や木にぶつかり何かに掴もうと手を伸ばすが、うまくはいかなかった。
こんな時、クラウのくれた力は何の効力も示さない。
口に砂利が入り、俺が二度目の死を予感したところで、また意識は途絶えた。
☆
さっき一度死んだときはずっと闇の中に居たのに、今度は少し事情が違っていた。
俺はずっと夢を見ていた。
白い雲の中で、子供みたいにはしゃいでいたのだ。
色んなことがありすぎたから、少しなら休んでもいいだろう――?
もしまた目を覚ますことがあれば、俺はまた剣を握らなければならない筈だ。
緋色の魔女との決着を付けなければ解放されないのかと思うと、気が重くなる。
雲の上に寝そべって、俺は高い空を見つめていた。
少し弾力のある雲を握りしめ、辛い現実を逃れる。手に伝わるほんわりとした柔らかさは、束の間の癒しだった。
実際雲なんて触れるものじゃないから、この柔らかさを例えるなら……そうだ、胸だ。
触ったことはないけれど、巨乳を揉んだらこんな感じだろうと、俺は何度もその感触を確かめる。
俺は、本当に
いやらしい妄想をした後に、俺は呆気なく目を覚ますことが出来たのだ。
そこはもう、あの山じゃなかった。
どこか知らないベッドの上で、包帯をぐるぐるに巻かれた状態でハッと目を見開いた。
俺の右手はまだ夢の中のまま、柔らかい感触を掴んでいて……?
「えええええっ?」
俺の右手は本当に巨乳を掴んでいた。
慌てて手を離すが、この状況を全く理解できない。
傍らに添い寝する、華やかな匂いを
「ごごごご、ごめんなさい。ッあ……」
慌てて立ち上がろうとした身体が悲鳴を上げる。
俺が悲痛を漏らすと、巨乳美女が長い黒髪をかき上げながら、ゆっくりと起き上がってにっこりと笑んだ。
「謝る事なんてないのよ?」
服の上からもはっきりと分かる大きな胸に釘付けられて、俺は彼女の顔を確認することを
一瞬でも幸運だと思ってしまった自分を呪いたい。
「もう少し休んでいてね」
そう声を掛けられて相手を見上げたところで、俺は眉をひそめる。
ばっちり施された化粧顔は美人と言えば美人なのだが、違和感の謎はすぐに解けた。
声だってそうだろう?
(女じゃない……よな?)
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