2 全員いる
「あれ――?」
こんなことは今までなかった。道路へ乗り出して彼女の家の方向を覗くが、5分待っても10分待っても玄関からは誰も出てこなかった。
スマホも静かなままで、俺は「どうした?」と一言だけラインを送るが反応はない。
遅刻しないギリギリの時間。
俺は、投げやりに「行くぞ」と呟いて、校門目掛けてダッシユした。
そこまでは、俺も「なんだろう」と思っただけだ。身内に不幸があったのかもしれないし、学校に着けば担任が教えてくれるだろうと悠長に構えていた。
☆
学校に着いて、俺は驚いた。
昇降口に入った所で、隣のクラスの山田が俺の前を横切って行ったのだ。どうやら無事に異世界から
異世界生活を送ったアイツは、どこか
苦労したんだな――と俺は妄想のままに山田の背中にエールを送って、美緒の下駄箱を
すると、靴があったのだ。
名前は書かれていないが、場所は把握している。クラスの女子の半数が履いている、学校指定の小豆色のローファーだ。
「先に来てたのかよ」
何か用事があったのだろうかと思いながら、俺は四階の教室へ向かった。
「あっれ。美緒、来てねぇの?」
しかし、そこに彼女の姿はなかった。思わず呟いた声に、側に居たテニス部の
「おはよ、
「あぁ、おはよ。いや、
教室にはもう
木田は片手で素早くシャツのボタンを外しながら、「はぁ?」と不審気に眉を寄せた。
「みお? って、カノジョ? お前の?」
「いや、そんなんじゃねぇけど。朝会わなかったからさ。下に靴あったから、どっか行ってんのかな?」
俺と美緒が恋人同士でないことは、中学も一緒の木田は良く分かっているはずだ。
まるで初めて聞いたような顔をするのは、俺のことをからかっているつもりなのだろうか。
そして木田は更に
「お前、女いるなんて言ってなかっただろ? いつも学校は一人で来てるじゃんよ。何? 美緒ちゃんってコと一緒に登校する妄想して、ついに本当は一人だって事忘れちゃったのか?」
「はぁあ? 何言ってんだよ。美緒だよ。及川美緒。クラスに居るだろ? 中学から一緒じゃねぇか」
真面目な顔で、木田は何を言い出すのか。
美緒が居ない訳ないだろう?
けれど「いや」と否定した木田は、脱いだシャツを机に放ると今度は
「大丈夫か?」
何だ、コイツは。俺の事を頭がおかしくなったとでも思ってるんじゃないだろうな?
込み上げた怒りを切り裂くようにガラリと前の扉が開いて、担任の平野が入って来た。
保健体育の教師で、まだ25という若さと明るい性格から生徒から
俺は木田をキッと
「――えっ?」
教室の違和感を感じたのは、平野が教壇に立ってすぐの事だ。
席が全部埋まっていたのだ。
廊下側の
俺が知らないところで席替えしたのかと何度も教室を見渡すが、サラサラボブの後頭部は見当たらない。
どうして美緒は居ないんだ――?
出欠が始まり、俺はその予感に背筋をゾクリと震わせる。
『
「
美緒の次の番号だった。
「やめてくれ……」
「
「は、はいぃ……」
唇までガクガクしだして、俺の声はか細く上擦ってしまう。エアコンが利き始めた教室で、
「ん? どうした速水。具合でも悪いのか?」
出席簿から顔を上げて心配する平野に、木田がさっと手を上げた。
「先生、コイツ朝から妄想の世界に行っちまってるんですよ」
斜め前の席から、木田は「腹でも痛いのか?」と振り返ってくる。
「あのっ」
確認しなければならないと思って、俺は立ち上がった。震え出す手を机に押し付けて、意を決してその名前を口にする。
「及川美緒は、居ないんですか?」
「及川美緒?」
困惑の混じる平野の声に、教室中が
「このクラスに、居たと思うんですが」
「いや、うちのクラスにそんな名前の女子はいないぞ?」
即答で突き付けられた現実。俺の頭は『そんなわけないだろう』と平野の言葉を全否定するが、それを声に出すことはできなかった。
クラスの誰もが、木田や平野の言葉に同意している。この状況で美緒の存在を肯定するのは俺しかいないことを悟って、
「すみません」
それしか言えずに椅子へ沈んだ。
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