第7話 電車(でんしゃ)で【土佐(とさ)電気鉄道(でんきてつどう)……通称(つうしょう)(とでん)

県東部の小さな田舎(いなか)町(まち)の高校生が自分の住む町では買えないものを買いたい時には、大きな街に買いに行くしか手が無い。ほとんど買いたいものはこの町にはない。

だが、そうたびたび行けるわけではない。コストの面からも時間的な面でも高校生には……。

欲しい物が買える高知の街に行くには、自宅から駅まで自転車で十五分、路面(ろめん)電車(でんしゃ)で一時間三十分程かかるからである。

 県内で唯一の輸入盤(ゆにゅうばん)を取り扱っているいつものレコード店から、頼んでいたLed(レッド) Zeppelin(ツェッペリン)Ⅲがやっと英国(イギリス)で発売になり、その英国盤(えいこくばん)がイギリスから入荷したとの連絡が入った。注文してから入荷の連絡があるまで一か月かかった。

早く手に入れて聞きたいのだが、週末(しゅうまつ)しか時間がない。

連絡のあった水曜日から週末までの三日間が異常に長く感じられたことはなかった。

やっと来た週末に大急ぎで出かけた。

 自転車を普段の二倍速く漕いで駅に置き、路面電車に乗り込んだ。

電車は古いもので、車体(しゃたい)は大阪などの私鉄のお古を土佐(とさ)電鉄(でんてつ)が買入れ、路面(ろめん)電(でん)車として使用している。

通称『土電(とでん)』である。発音は同じだが『都電(とでん)』では無い。

 『これでやっと手に入る!中身はどんな曲が入っているのだろう。

全曲好きならいいのだが…。でもどんなLPでも全曲好きなはずはない。

中に必ず一曲や二曲は気に入らない曲がある。それは仕方がないな。』

などと頼んだLPに心を巡らせながら、ワクワクしながら発車を待っていた。

 発車のアナウンス。

「この電車は【安芸(あき)駅】発、【ごめん町駅】経由【はりまや橋】行き快速(かいそく)電車(でんしゃ)です。途中…の各駅には止まりません。」

『よし!早く行け!』と気持ちが逸る。

しかしアナウンスがあって発車ベルは鳴ったが一向に出発しない。

なんだかみんなザワザワしだした。

何があったんだと訝(いぶか)っていると、そのわけを車内アナウンスが告げた。

「すみません。ご迷惑をおかけいたしております。

後ろのドアが閉まらず発車出来ないでおります。」

『オイオイ、勘弁(かんべん)してくれよ。こっちは急いでいるのに…。』と思っていると、車内アナウンスは思わぬことを言った。

「すみません!どなたか後部ドアの近くのかた、ドアを蹴(け)ってください!」

思わず耳を疑った。『電車のドアが閉まらないから蹴(け)ってくれだと?

蹴(け)って動いて閉まるのか?真空管(しんくうかん)テレビじゃないゾエ!ゲゲゲ!』である。

 誰かがドアを蹴(け)っている音がする。

ドアは『長年働いて疲れたから、少しぐらいと思ってちょっと休んでいたのに、起こすなよ。仕方がない、動くか。』と言っているかのようにゆっくりと閉(しま)った。

車内は、蹴(け)られて閉まったドアに安堵(あんど)したのか、それともなんだか不思議(ふしぎ)なおかしさがこみ上げてきたのか、みんな大笑いである。

 公害を垂(た)れ流している企業が、行政の指導を守らず、いつまでも改善策を取らないでいると、市民が業を煮やしてその企業の排水口をコンクリートで埋めてしまい、その工場は操業(そうぎょう)停止(ていし)に陥った事件もあった土地柄である。

『こんな電車は何とかしろ!公共の足がこんな調子では困る!』

などという意見が出て当たり前のように思われるかもしれないが、それは一切出ない。

誰もそんな事はこれっぽっちも思っていない。

みんなこの古いローカルな電車がかわいいのである。

車体が木造であろうと、窓の開閉(かいへい)がしづらくても、シートが変に部分的にへたっていても、蹴らないと閉まらないドアであっても、見た目が古臭くても、みんなこの【土電(とでん)】を愛している。

自分の身内のように。それなりに可愛く愛おしいのである。

 こんな調子で、余分(よぶん)な不安とおかしさの混じった不思議(ふしぎ)な気持ちで一時間を過ごしながら市内に向かった。

電車は始発の安芸(あき)駅を出るとすぐに漁港(ぎょこう)を横切り海のすぐそばの海岸(かいがん)線(せん)を走り始める。2駅ほど先までは電車のすべての窓は青い光(ひかり)輝(かがや)く雄大(ゆうだい)な太平洋の風景で埋め尽くされ大パノラマ写真となる。その後鉄路(てつろ)は松の一群(いちぐん)の防風(ぼうふう)防砂(ぼうさ)林(りん)に入っていき、松林(まつばやし)の中にある長谷寄(はせより)駅に着く。それを過ぎ手結駅をすぎると左は松林(まつばやし)で右は水田(すいでん)という風景が暫(しばら)く続き、赤岡(あかおか)駅・野市(のいち)駅を過ぎたあたりからやっと街(まち)らしき区域に入り御免(ごめん)の街に入る。後は高知のはりまや橋まで隣を並走(へいそう)している国道55号線の車と競争しながらガタゴトとはしる。この『土電(とでん)』の路面(ろめん)電車(でんしゃ)のガタゴトという振動と路面(ろめん)電車(でんしゃ)特有の横(よこ)揺(ゆ)れは、嫌(いや)なものでなくなぜかほっこりする。乗っていて安心できる何かがる。これがいいのだ。

『帰りもやはり、暖かくほっこりする【土電(とでん)】で帰るのだ。』と思っていると、電車は高知の街に近づき、車窓は賑やかな市街地(しがいち)・『お街(まち)』の風景に変わった。


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