第3話 アマガエル
面白(おもしろ)くない。
面白(おもしろ)くない。
気分が晴れぬ。
何か面白くない事や気分を害する事件や出来事があったわけでもなく、なんということのない普通に時間が流れている一日なのに、なんだか面白くない。
何があっても何がどうなっても全く面白くなく気分が高揚(こうよう)しない日がある。
今日がそんな日だ。
I’m down, I really down. How can you laugh when you know I’m down?
I’m so tired, I haven’t slept a wink.
I’m so tired, my mind is on the brink.
こんなビートルズの歌が頭の中に流れてくる。
面白(おもしろ)くない。
教室の窓から外を見ても天気も悪い。
教室の中の雰囲気(ふんいき)も、今日はなんだかじめじめした不愉快(ふゆかい)そうな気分(きぶん)に満(み)ちている。
みんな鬱(うつ)陶(とう)そうな顔。
空も、さっきまでどんよりした空だったのに、鉛色(なまりいろ)の雲が水気(みずけ)を含んだ風と共にこちらに向かってきた。
ポツリポツリ…。やがて少し雨粒(あまつぶ)が大きくなり、本格的な雨が降り出した。
ますます憂鬱(ゆううつ)になってきた。雨音(あまおと)に誘われたのか、みんな外を見ている。
窓際(まどぎわ)にいつものメンバーも集まって外を見る。
一緒に外を見ていた三人。だれともなく顔を見合わせ言い出した。
「行くぞ!」
その言葉を待っていたかのように、三人で三階から駆(か)け下り校舎から外に出る。
校舎のすぐ外には、小さいが、芝生(しばふ)が植えられた築山(つきやま)に松やソテツが植えられ、季節の花や桜の木まである小さな庭園がある。
その庭園の小道を抜け、校舎の周りの紫陽花(あじさい)や躑躅(つつじ)の周回(しゅうかい)道路(どうろ)を、肩を組んで大声で歌いながら歩き始める。
もちろん傘は差さずに。
I’m singing in the rain…just singing in the rain…
この調子で校舎を一周。雨粒は容赦(ようしゃ)なく頭と言わず顔や全身に降りかかってくる。
その冷たさと雨に打たれる感触(かんしょく)が心地よく、いつまでも歩き続けたくなる。
調子に乗り、踏み出す一歩も大きくなり、自然に歌声も大きくなる。
校舎の窓から自分達を見ているみんなの呆(あき)れ顔が目に浮かび、なおさらおもしろくなってくる。それを意識すると歌声は輪をかけたようにさらに大きくなる。
しかしそれも雨粒の激しさに耐えられる限度の一週目の終わりが近づいた頃、様子を見てタイミングをはかっていたかのように、音楽の高野先生が声をかけてくる。
先生も負けずに調子を合わせて大きな声でオペラ風に……。
「そこの~三匹の~アマガエル~~~。 その辺で中に入れよ~~~。
「風邪ひいてお前らのそのいい声が聴けなくなるとさみしいからな~~~。」
雨の日は時々なぜかこのメンバーでこれが繰(く)り返される。
高野先生も、時々我々がやらかすこの雨の日の行進を少々楽しみにみているような気がするが、立場上(たちばじょう)、途中(とちゅう)で辞めさせないといけないから、タイミングを計って合いの手を入れてくれるのだろう。こちらもそれがなければ引っ込みがつかない時もあり、先生の合いの手に期待しているのも事実だ。音楽大学出身で社会人経験のある先生だから、それなりに生徒の扱(あつか)いは上手いのだろう。
雨降りは鬱陶(うっとう)しいが、それなりに楽しむ事も出来る。
変な楽しみ方ではあるが、『これもまた一興(いっきょう)』等と自分勝手(じぶんかって)な理屈もこねてみる。
歌いながら校舎の周りを歩くことが他人に迷惑(めいわく)を掛けていることは百(ひゃく)も承知(しょうち)しているが、そんな馬鹿々々(ばかばか)しい事をやるやつらがいることを期待している仲間もいることに期待しながら。
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