第2話 雨(あめ)の日(ひ)欠席(けっせき)
昨夜の雨は激しかった。まるで話に聞く東南アジアの南国特有の激しいスコールとよばれる雨が降っているのか、と思われる程の大粒の雨と風で家が揺れるほどの荒れ模様であった。が、今朝はそれほどでもない。しかし桜の春を少し過ぎたこの時期の雨にしては少々鬱陶(うっとう)しい雨である。
朝のホームルームが始まった。我がクラスの担任は男性で体育の先生。
50も過ぎてはいるが熱血先生。身長は高くないが筋肉(きんにく)隆々(りゅうりゅう)で、小柄な力士が歩いているかのようにのっしのっしと歩く。しかしいざとなればその走るスピードの速いこと速いこと誰も敵わない…短距離の話ではあるが…・
若い頃、いつも悪ふざけが過ぎ誰の言うことも聞かない半(はん)不良(ふりょう)の生徒の足を箒(ほうき)でぶったたき、足の骨を骨折させた。しかし、「この子は一生俺(おれ)が面倒を見る。」と言い、言葉通り、それ以来ずっと面倒を見ている。この事件を知っている生徒たちは、誰もこの先生に逆(さか)らおうとも思わないし、先生の発言や行動にも全幅(ぜんぷく)の信頼(しんらい)を置いている。
先生が出席を取り始めた。
まず男子から始めて次は女子の順番。
「折井恵子!」
「はい!」
「今日は来ているか!昨日はどうして休んだんだ?風邪でもひいて熱を出したのか?」
「いいえ大丈夫(だいじょうぶ)です。」
「お前の寮のおばさんに聞いたら寝ていると言っていたぞ。本当に体は大丈夫(だいじょうぶ)か?
寮で預かっているんだからなんかあれば家族に申し訳ない。
だからなんかあったのかと先生心配していたんだぞ。
体調不良でなければいったいどうして休んだんだ。」
絵が上手く芸術家(げいじゅつか)肌(はだ)の彼女は、口下手で、普通の女子のようにキャンキャン甲高(かんだか)い声でしゃべることもせず、何か話すときは、少々おっさんポイ低めの渋い声でぼそぼそとしゃべるのが癖である。よく言えばこんな落ち着いている女子生徒はまずお目にかからない。
芸術家とはこんなものだろうか?
『寮か学校でだれかに気分の悪くなることを言われてへそを曲げてたんじゃないか』と思っていると、彼女は意外な返事をした。
「朝出ようとしたら……雨が降っていたから……このまま出ると制服のセーラー服のスカートが濡れて……プリーツがなくなるから……嫌で休みました。」
この意外な理由に教室内は一瞬シーンと静まり返った。
一瞬の沈黙ののち、皆一斉(いっせい)にクスクスと笑い始め、やがて大爆笑となった。
だが、すぐに静まり、熱血先生が大声で怒鳴(どな)りだすだろうとみんな先生の反応を怖がった。
しかし、先生の反応は彼女の返事以上に意外なものであった。
「そりゃ~仕方がないな。お前が正しい。雨だからそうなるはナ。
濡れたらスカートのプリーツは取れるはナ。
寮生は洗濯(せんたく)も裁縫(さいほう)もみんな自分でしないといかんもんナ。」
先生に大目玉(おおめだま)を食うと思っていたのに、この先生の話に、みんなびっくりした。
しかし、先生の続けて言った言葉に、クラスのみんなは納得(なっとく)、そして感心した。
「寮生は自宅通学と違って苦労は多いもんナ。
でも、それはみんな同じだろう。お前一人だけじゃない。
自宅通学者もそれはそれなりに苦労はある。
雨の日にバイクで通学するのもたいへんだし、自転車通学も、雨の中を歩いて来なければいけないやつもいる。みんな雨の日の苦労は同じだろう。
セーラー服が雨に濡れてプリーツがとれるというその理由で学校を休むのは、寮にまで入れてくれて高校に行かせてくれている両親に申し訳なくないか?
ご両親はお前をらくして学校に行かせているわけではないはずだぞ。
一度考えてみるんだな。
でも今回はまあいいだろう。いつもあんまりそんなことを感じさせたことのないお前が、女の子らしい一面を見せてくれて、女らしい子だったのがわかって、先生まっことうれしい。病欠でなくてよかった。
でも休むなら、『スカートのプリーツが取れるから休みます。』と、はっきり俺に連絡してから休めよ。連絡なしで休むと心配するからな!」
クラス全員大笑い。
それ以来どんなにきつい雨の日でも欠席は無くなった。
制服のセーラー服のプリーツスカートが少々バルーンスカート気味になっている女子が増えはしたが…。
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