第4話 オノ・ヨーコの本
今の日本の流行(はや)っている音楽には全く関心がない。
大学生や高校生は深夜のラジオ放送を聞いている。大流行(だいりゅうこう)。
しかし殆(ほとん)どは日本の有名なパーソナリティーの放送である。
私もご多分に漏(も)れず、『勉強しているのか?ラジオを聴(き)いているのか…?』と言われそうな程、夜はラジオをつけながら勉強…である。
私が聞いているのは、偶然にも地理的条件で電波を拾(ひら)うことの出来た、岩国(いわくに)の米軍(アメリカ軍)基地(きち)の放送FENである。もちろん全放送(ぜんほうそう)英語のみ。
英語の聞き取りの練習などとしゃれたことではなく、アメリカのビルボードやキャッシュボックスにランクインされているアメリカで流行っている曲や、発売されてすぐの出来立(できた)てほやほやの新曲を、誰よりも早く聞きたかっただけである。
「サイモン&ガーファンクルの【明日にかける橋】がいいけど知ってる?」とみんな聞くが、いま日本で流れ始めた曲は、大体(だいたい)半年(はんとし)ぐらい前にFENで聞いて知っており、その時点では少々飽(あ)きているのも多いが、そう聞いた奴(やつ)の顔を立てて、「もう知ってる。」等(など)とは言わず、知らない風をして「良いな!」と言い、付け加えて「こんな面白い曲があるが知っているか?」と違う曲を聞いたかと尋ねる。『いやなやつ』である。
(だがこの経験が後年ニューヨーク、パリ、ミラノ等への年間約12周間(しゅうかん)の海外出張で役に立つとはまだこのころは知らない。)
ある日、オノ・ヨーコの本「グレープ フルーツ」を東京の洋書屋さんからやっとこさで手に入れることができた。
ビートルズのジョン・レノンの嫁になったことで一躍(いちやく)有名になり、世界中のレノンのファンに総スカンを食い一大嫌(きら)われ大スターになった。
しかし本来は日本の大財閥(だいざいばつ)のお嬢(じょう)様(さま)なのだが、芸術家になることを目指し、単身(たんしん)世界に出て、レノンと会ったころにはすでにその世界では有名人であったらしい。知らないのは日本人だけだったという話もある。そんな彼女がどんなことを考えているのか、彼女の感性がどんなものかこの本で理解できるらしい。
早く読みたくて仕方がない。休み時間だけ読むのだが、その時間だけでは読み進めたい気持ちを抑えることができない。
次は四時間目。
学年で受けている授業で一番嫌(きら)いな古文(こぶん)の先生の授業。
40歳半ばの胡散臭(うさんくさ)そうな先生。いつも苦虫(にがむし)を噛(か)み潰(つぶ)したような顔をして、いつも生徒に質問を当てて、回答(かいとう)させてはその答えにネチネチ・グチグチと嫌味(いやみ)を言う。学年のほとんどみんながこの授業は楽しくないし受けなくていいなら受けたくない最(さい)たる授業だと思っている。
「こんな皆に嫌(きら)われてる、つまらん先生のつまらん授業なんて聞きたくもない。
この授業中に読んでやれ。どうせ読んでてもわかりはしないさ。」
と決めた。
授業が始まる前に、通路側の自分の席を窓側の一番後ろの席のやつに代わってもらい、教科書で隠して次の授業中に読むことにした。
一番嫌いな古文の先生の授業が始まり、先生が出席を取り始めた。
暫(しばら)くは何もないように授業が進んでいき、順調(じゅんちょう)に本を読んでいると、
「……おい!お前!」と先生がこちらを向いて怒鳴った。
「はい」
「ん? お前の席はそこか?」
「いいえ違(ちが)いますが事情(じじょう)があって席を代わってもらいました。」
「まさか早弁当(はやべん)する気じゃないだろうな?」
「いいえ。目の調子が悪く黒板が光って見づらいので今日だけ明るいほうに代わってもらいました。」
「そうか。仕方がないな。」と先生は授業を始めた。
うまくいったと思ってオノ・ヨーコの本を再び読み始めた。
10分程経(た)つと、
「おいそこの一番後ろのやつ!授業中にそんなことをしていると欠席にするぞ!」
普段から高圧的(こうあつてき)でヘンコな嫌いな先生だから積もり積もった腹立たしい思いがこみ上げ、『今日はもうどうでもいい』と反抗してしまった。
「結構です!それなら欠席にしてください!」
「わかった欠席にしてやるからおとなしくしてろ!」
先生はそう言うと授業を再開した。
それからは大(おお)っぴらにオノ・ヨーコの本を読んでいた。
それから十分程経過すると先生は
「おい!お前!いい加減に自分の席に戻れ!」
おかしな話だと思い
「先生、私はこの時間、欠席のはずです。
欠席なのにどうして自分の席にいなければならないんですか?
欠席なら先生の指示は受けなくていいはずです。」
「わかった!わかった!感情的になってすまなかった。わしが悪かった。
欠席は取り消すからもう席に戻ってくれ。」
いくら気に入らない先生でも先生は先生。
こちらも頓智などではなく屁理屈(へりくつ)で先生に反抗し、やり込め、しかも自分の勝手な本来授業中にしてはいけない事をしているので罪悪感(ざいあくかん)がないわけではない。
親のような年齢(ねんれい)の先生に謝らせて申し訳なかったと思い、席に戻った。
その時先生は思わぬ事を言った。
「おい!ついでにもう一つお願いがある。
そのオノ・ヨーコの『グレープ・フルーツ』、先生も欲しかったが手に入らなかった。
読んだら先生に貸してくれ!」
この古文(こぶん)のガチガチのヘンコな先生がオノ・ヨーコの『グレープ・フルーツ』に興味があるとは……。先生に対する嫌悪感(けんおかん)がゆがみ始めた。もしかすると俺と同類(どうるい)の変なところに関心のある同類(どうるい)の変人(へんじん)か?
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