アン・ドゥ・トロワ

 そこで僕は、部屋の片隅に転がってたドラえもんに頼んだのさ。もう一度言っておくけど、〈ドラえもん〉は大量生産のオモチャなんだ。君らの知ってる、あのポンコツはむしろ〈ドラえもん〉じゃない。不良品だよ。哀川翔と同じ。声が変だろ、どっちも。


 そう僕は頼んだんだ。アイツの肩を揺すってね。

「ドラえもーん! ノルウェイの森に入ってみたいよー‼」って。


 今思えば、アイツもまたポンコツになりかけてたんだ。昭和に行った悪名高いあのドラえもんのように。僕も悪かったんだろう。しばらくほっぽっといて、油を差してなかったからね。つまり、どら焼きという名の油を、アイツにやってなかったからね。


 で、アイツ。「じゃあこれだ!」と言って4次元ポケットをガサゴソ。でも目の焦点が合ってなくて、舌も出してて、ラリってるみたいだったな。

「どこでもドアー!!」


 ……うるせえなあ。僕はアイツが道具を出す前に、耳に手を当てていた。アイツは道具を出すとき、いつも得意げに大声で、その道具の名前を叫ぶ。あれ、要らない。やめてほしい。こっちももう子どもじゃないから、「うわあ凄い!」なんて言わないし。やっぱり安物のオモチャはダメだ。ウザい。


 でも、〈どこでもドア〉? と思ったね。出された瞬間。あのね、僕は小説の『ノルウェイの森』の世界に入って、主人公のワタナベ君になってみたかったんだ。そういうつもりで、あいつに言ったんだよ。


 でも、通じなかったみたい。え? 普通、通じるよね? 『ノルウェイの森』の世界に入ってみたいって意味。ダメかな? アイツ、ポンコツだし、ま、僕の伝え方も悪かったんだろうけどね……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る