最終話 2人の情事
最終日のバイトだが、昨日のことがあったので優希は憂鬱だった。あかねさんになんて答えるのか決めないまま、彼女の部屋についてしまった。実のところ、今日のバイトはほとんど仕事がない。優希の頑張りもあり、彼女の持つ本の大半はきっちり段ボールに収まって玄関付近に積まれていた。あかねからは、「もし嫌だったら明日は来なくても大丈夫。ほとんどお仕事は終わってるし、お金はきっちり満額出すから」と言われていた。
(5万はデカいよな…)
就活の交通費にも困る優希にとっては、あかねの言うがまま1日過ごすだけで5万円というのはあまりに好条件のバイトである。ただ、昨日のあのグッズを見て、簡単に二つ返事するわけにもいかない。おむつ、おしゃぶり、ガラガラ、おまる…。一体どうなってしまうんだろう。答えを決めないまま、優希はあかねの部屋のインターホンを押した。
「お、おはようございます…」
「来てくれたんだね」
初日とは違った緊張感であいさつした優希に対し、あかねはおだやかな面持ちで優希を招き入れた。昨日の告白で、もう隠すことないのだろう。リビングに通された優希は、あかねと向かい合って気まずい時間を過ごした。優希の心は決まっていた。
(背に腹はかえられない。やる。)
「あかねさん…」
「はい」
あかねはニコニコして言葉を継ぐ。
「ゆうちゃん、もう決まってるんでしょ?だから今日来てくれたんだよね?」
自然に優希のことをゆうちゃんと呼んでいた。
「はい…」
あかねの顔はパァーっと明るくなり、満面の笑みになった。急いで封筒を優希におしつけ、隣の部屋に向かっていった。優希はこっそりと封筒を覗くと、約束の5万に加えもう2万円入っていた。
「ゆうちゃん、こっちにおいで!」
ここからはすべてあかねの言いなりだ。優希は神妙な面持ちでグッズが広げられた部屋に通された。サイズ感に目をつぶれば、完全に子供部屋、いや赤ちゃんが過ごすための部屋だ。敷き詰められたプレイマット、壁際にはおむつのパッケージ、床にはたくさんのおもちゃが転がっていた。あかねは、優希が断らないだろうことを見透かしていた。昨日から完璧に準備をしていたのだった。
あかねは本当にうれしそうに優希に説明を始めた。彼女なりのこだわりはいろいろあるようだが、簡単にまとめると最初はいつも通り、段々と赤ちゃんになってほしいとのことだった。もちろん優希にはどうすればいいのか見当もつかない。あかねの言うことに従うほかない。
「ゆうちゃん、じゃあまずはおしゃぶりからね」
いうより早くあかねは優希におしゃぶりをくわえさせた。海外には大人用のおしゃぶりもある。優希がくわえてもサイズに違和感はない。キリンのイラストが描かれたおしゃぶりからは失くさないようにつけれたストラップが垂れ下がり、あかねはその先のクリップを優希のシャツのポケットに挟んだ。
「う、うあくあああえない」
なんとか言葉を話そうとするも、おしゃぶりをくわえたままではきちんと発生できない。優希は一度おしゃぶりを外し、「あかねさん、これうまくしゃべれないです…」と顔を真っ赤にして抗議した。
「あれ、ゆうちゃん話してもいいルールだった?」
あかねはニコニコ顔を崩さずに優希へ言った。赤ちゃんは上手に話せない。きちんと赤ちゃんを演じるようにあかねは強いた。仕方なくおしゃぶりをくわえなおした優希は恥ずかしそうに横を向いた。
あかねは気にする様子もなく続ける。
「あら~、ゆうちゃんきげんわるいのかな?ちっちかな?」
おもむろに優希の股間を服の上からさすった。どうやら次はおむつの確認という流れのようだ。あかねは一度立ち上がっておむつ交換の準備を始めた。あかねが持ってきたのは小さなタオルケットのような布、大人用の紙おむつ、ベビーパウダーと呼ばれるおむつかぶれを防ぐものだった。
あかねは手際よく優希の服を脱がせ始めた。一応バイトのためにジャージで来ていたので脱がせるのも簡単だった。本来なら成人男性の着替えなど簡単にできるものではないが、意思疎通のできる赤ちゃんだ。「お尻あげてね~」というと、優希は素直に腰を浮かせた。
さすがにパンツを脱がされると、優希の羞恥心も最高潮に高まった。本当に火が出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にし、股間がさらけ出される瞬間は両手で顔を覆った。言葉で抗議しようにも口にはおしゃぶり。しゃべろうとしても、だだをこねるような幼児にしか見えなかった。
「ゆうちゃんはずかしいの?あかちゃんだからおむつするのはふつうのことなんだよ~」
優希にはあかねのセリフがすべてひらがなのように思えた。本当に幼児や赤ちゃんをあやすときのようなしゃべり方だった。
腰を上げた優希の下に、大きな紙おむつが敷かれる。普段履いているボクサーパンツとは全く違う、ごわごわするよう、ふわふわするような不思議な感触だった。ものごころついてからおむつを履いた記憶なんてものはないが、お尻が包まれるような安心感があったのは心の中にとどめておくことにした。
あかねからは、エッチなことは一切なしと聞いていたので、そのままおむつを当てられるものだと思っていた。しかし何かやわらかいものが股間に当たるのを感じた。あかねは白くてふわふわしたものを何度も優希の股間に押し当てた。当たった部分は白く飾られていった。ベビーパウダーを何度も股間周りにポンポンと当てるのだった。
「ゆうちゃん、メッよ!」
あかねは作ったような声で優希を叱った。赤ちゃんは興奮しない。ちょっぴり反応した優希を叱ったのだった。
あかねは器用に股繰りを合わせながら、おむつの前当て部分を引き上げた。幸い優希のブツは収まってくれたので、無事おむつを当てることができた。成人したばかりの男性がおしゃぶりを咥えて、下半身はおむつだけというのはとても倒錯的だった。一般人からすれば変態以外の何物でもないが、これがあかねのあこがれだったのだ。優希にガラガラを持たせて座らせると、取り出したスマホでパシャパシャと写真を撮り、おしゃぶりを咥えたまま喃語を話す優希の動画を何本もスマホに収めていった。
「ゆうちゃん、おなかすいたかなぁ」
あかねの言うがままポーズをとったり、種類の違うおむつを履かされているうちに、2時間ほど時間が経っていた。最初はぎこちなかった優希も、段々とおむつやおしゃぶりに慣れてきた。ロンパースも来て完全に赤ちゃんルックになった優希は、記念にと思って自撮りもした。
「まんま、まんま」
優希の喃語も板についてきた。あかねはこのままいけるのでは?と胸に期待を含ませてミルクの準備を始めた。自分で赤ちゃんゴッコをするときはジュースでお茶を濁したり、日によってはお酒を入れて吸うこともあったが、夢のようなこの時間をそんな風に扱うことはできない。あかねは鍋で湯煎をしながら粉ミルクを温め始めた。
(赤ちゃんも悪くないな…)
かすかに優希はこの赤ちゃんゴッコに心地よさまで感じていた。ストレスと無縁でわがままをすべて受け入れてくれるあかねという存在。実家に帰ることも少なく、彼女のいない自分にとっては、誰かに甘えるということはほとんどなかった。
「ゆうちゃんちゅっちゅできたよ~」
哺乳瓶を待つ優希の顔は、本当にうれしそうな幼児に見えた。
細身の優希をヨイショと右腕で抱きかかえ、左手に哺乳瓶を持って優希の口元へ寄せた。優希はしゃぶるように哺乳瓶に吸い付き、嬉しそうに吸い始めた。優希の表情を見たあかねは確信した。
(いける…)
あかねは少し様子を見ることにした。
「ゆうちゃん。ごめんだけどちょっとだけおしごとあるから、おそとでもしもししてくるね」
そう言うと、あかねは優希をマットに寝かせたまま席を外した。優希は名残惜しそうにあかねの背中を見送るしかなかった。
10分、20分… あかねは戻らない。優希は胸の奥がツンとするような感覚を覚えた。子供の頃、留守番するように母に言われ、外が暗くなっても帰って来ず不安におぼれそうになったこと。「ごめんごめん」と言いながらたくさんの買い物袋を下げて帰ってきたお母さんに、泣きじゃくりながら抱き着いたことを。
30分が過ぎたころ、あかねは自分の部屋から声がするのに気が付いた。そっとドアを開けて耳を澄ますと、しくしくと泣く声が聞こえた。小さな声でママ、ママ…と呼んでいるようだった。
あかねは優希に気づかれないように玄関を開け、こっそり優希の部屋の前までやってきた。
「ゆうちゃん!おまたせ!」
ドアを開けたと同時に、膝をついて両手を広げた。優希はハッとして振り向いた。しかしそこには恥ずかしいところを見られた羞恥心はなかった。ただ、お母さんが戻ってきてくれた安心感だけがそこにあった。彼は完全に「堕ちた」
あかねの「おいで」という一言で優希の涙腺は崩壊した。うわあああんと泣き声を上げてあかねの胸に飛び込んだ。黄昏の向こう側に優希がやってきた瞬間だった。
「いいよ、いいよゆうちゃん、そのままでいいの」
あかねは優希の頭を何度もなでながら声をかけた。一体どれくらいの時間優希は泣きじゃくっていただろう。窓の外は日が落ちかけていた。優希は泣き疲れて眠ってしまったようだった。あかねは優希の寝顔を見ながら、これ以上ない満足を得たのだった。
あかね色の黄昏 はおらーん @Go2_asuza
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