書きものをしていることがカミさんにバレた時の絶望的恥ずかしさ。

 先日、NHK連続テレビ小説「エール」の録画を観ながらへらへらしていると、カミさんがいたく真剣な顔で私の目を見据えて言うのです。


「ねえあなた何か『執筆』してるでしょっ!」


 何 故 わ か っ た 。


 なんというか、もう、血の気が引きました。まずい、これは大変まずいことになってしまったぞ。頭の中でアラートが響き渡ります。この後彼女が何を言い出すのか、私には手に取る様に分かっていたからです。


「ねえいいからそれ見して」


 カミさんは我が家の最高権力者。一方私は我が家でヒエラルキー最下層の男。彼女の言葉は要望ではありません。命令なのです。


 なので、スマホでカクヨムに公開してある二つの小説「偽りの星灯火ほしともしび」と「海の向こうに」を見せました。脂汗をかきながら。

 本当は超売れっ子の書き手だったことにしてもよかったのですが、やめました。バレたら恥の上塗りのみならず、カミさんからはたかれるのは必定。それに私の中にある1カラットにも満たない重さの良心と矜持がそれを許さなかったのです。


 はじめは面白そうな顔をして私の小説を読み始めたものの、すぐにその表情は曇ります。スマホをテーブルに置いて、怖い眼をしてひとにらみ。ゾクゾクしますじゃないゾッとします。


「……これ読みにくい」


 はいクリティカルヒット。


 それでもさらに読み進めるカミさん。読みにくいと言いつつ読んでくれるなんて、ああ、なんて素晴らしい読者さんなんだ! と思い直し心の傷をごまかす私。


 おっと、読み進むつれ色々ブツブツ言い始めましたよこの人。


「うわあ、死んでるんだ。あ、こっちの話も死んでるんだ……」


「えぇ、どうせいあい…… えぇ……(LGBTへの差別的ニュアンスの発言で、これにはあとで少し言ってやりました)」



 何章か読み終わった後の感想。


「なんだかすごく読みにくいよね。こちゃこちゃしてて。あとなんか暗いよね。ホント暗いの好きだよね。死んでるし」


「い、いやそれはだなあ…… あれだ、『作中の重要人物は既に死んでいると言う前提で、その死者を取り巻く人々の心情や行動を表現する』って手法の、ゲームで言えば<雪割りの花>とか映画で言えば押井守的な――」


「そういうのいいから」


「――あはい」


「でもいいもの見させてもらいました」


 満面のニヤニヤ顔で嬉しそう。


「気が向いたら続き読んでみるね。


 多分もう彼女の気が向くことはないと思う。


「あ、あと、気が向いたらでいいので、会員登録してぜひ評価の星や応援のハートを――」


「会員登録めんどくさいし、いいや。それに身内にそういうのして貰って嬉しい?」


「うん微妙かな」


「だよね、まあ自分の力で頑張っていっぱい星もハートも貰ってね」


「はい、ありがとうございます」


 その日はそれで終わりました。もっといっぱいイジられるかと思ったけれど一安心です。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 その三日後。


「ねえねえ冬青。やっぱりあんたのお話暗いと思うんだあ」


 夕食後の荒いもの中に背後からの不意打ちです。先制攻撃だけでなく運が悪ければ再びクリティカルも。やだなあ、またイジられるのかなあ。


「暗い暗いって言うけど、二つともちゃんとハッピーエンドだし。それにアンドロイドの方(偽りの星灯火)はそんなに暗くないと思うぞ」


「じゃあ、読みにくい。あのアンドロイドのお話本当に読みにくい」


 ええ、ええ、彼女のお気に入りの高田郁のような平易で判りやすい文章でなくて悪かったですね。なんだか子供の頃から馴染のあった大昔の翻訳SFみたいになっちゃったんだよう。しかも翻訳がへったくそなやつ。


「そういうのじゃなくてさ、あと暗いお話はもうやめて、例えばこんなお話なんてどう?」


 と突然滔々と自分の発案したストーリーを得意気に語り始めたのです。これにはちょっと驚きました。でも意外と良さそうです。面白いかも。


「ね、よくない? 明るく前向きで読んでて幸せになりそうなお話でしょ! こういうの書いてみてよ」


「俺が書くとその登場人物は不治の病で……」



「え、でも逆境を前向きに生きる方が絵になる、いや話になるから」


「死ぬ話にしなければねー」


「まあ、ハッピーエンドにしますけど。ちょっと粗筋とか作ってみるね。いつ出来るかなんて判らないけど」


「うんうん、お役に立てたのなら幸いです」


 なんか嬉しそう。カミさんでも自分のアイディアが小説になると思うと嬉しいのだろうか。


「……あと、別に百合にしてもいいけど。そうしたいなら……だけど」


 何で最後にそうツンデレ臭い言い方をする?

 でもこれは同性愛にしろ異性愛にしろ恋愛要素抜きでやってみるつもりです。


 そんなこんなで、ざっとプロットとは言えないほど荒い粗筋を書いてみたのですが、なかなか悪くなさそう、な気がしてきました。



 これから先いつになるかは判りませんが、いつの日か必ず「二人の花園(仮)」を公開する予定です。今までの二つの小説「偽りの星灯火」「海の向こうに」と比べるとかなり短いお話になると思います。

 もっとも、その前に書きたいものがりますから、そちら優先となってしまうのですが。


 その時こそはカミさんに星とハートを貰うのだ!




「そう言えばさ……」


 昨日もカミさんから一言来ました。


「すっごく気にしてるようだけど、星とかハートとかPVとか考え過ぎないで、本当に書きたいものを書くのがいいと思うよ。読みにくくても同性愛でも暗くても」


 ……なんてこと言いやがるんだ。やられたぜ。泣けてくるじゃねえか。




 あ! いっけない! これ、カミさんに読まれる可能性あるんだ! つーか読まれるっ! いや、でももう公開しちゃったしなあ……


(※双方の描写や心象表現については実際のやり取り等と異なる場合が御座います)


 って入れておけばいいですね。うん。(とお茶を濁してみた)

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