大神官、救われる 前編

おいおいおい…!まさか俺を引き渡すために…?

最後の手段にしたかったが転職の儀の術式を練り始める。

「あのぅ…衛兵さんはなんの御用でうちに来たんですかぁ♡」

文にしたら確実に語尾にハートマークが付きそうなレベルの甘い声で彼女は囁く。

「だ、大神官様が何者かに連れ去られてしまったのだ」

なるほど、流石に労働環境に耐えきれずに大神官が逃げた なんて言えまい。

「えぇえ?じゃあこの店に大神官サマがって疑ってるんですかぁ?」

「い、いやただ上からの命令だから仕方なく…!」

全部筒抜けだぞ衛兵くん…。

もし引き渡されたら絶対カルナにチクってやる…。

「どうぞどうぞ、店の奥へいらしてくださいな♪…今なら誰もいませんわ♡」

耳元で甘くそう囁かれた衛兵は軽くニヤつきながら彼女についてくる、がひとつ違和感に気付く。

何故コイツは俺に気付かない?


と、言うのも俺が縛り付けられているカウンター席は入口から真っ直ぐそこにあるので見えないはずはない。

百歩譲って気付かないにしても店内に入れば流石に目に入るはずだが…。


カウンターの横…つまり俺の横を通り過ぎるデレデレの衛兵…の前を通る彼女は俺に軽くウィンクをし奥の部屋へ入っていく。

それに続き衛兵がそこに入ったやいなやゴトン!と言う音ともに彼が崩れ落ちた。

そしてニコニコしながら出てくる最初の初老のお婆さん。

…おいおいまさか。

「そのまさか、全部同一人物でした!神官サマ!」

出来れば最後のお姉さん姿で言って欲しかったが…。


「取り敢えず衛兵サンには寝ててもらってるよ。しばらくしたら勝手に帰ってテキトーな報告してくれると思う。」

俺の拘束を解きながら彼女が説明してくれる。

「あ、ありがとう…でもあんたは一体…」

「そりゃこっちのセリフでしょう

神殿の大神官サマが一体なんで衛兵なんかに追われてるの…さ?」

彼女の目がある1点で釘付けになる。

俺も喋ってる途中で思い出した。

そう言えば俺、転職の儀発動してましたね…。


「まずいって!神官サマ!さっさとそれ閉じなきゃバレるって!」

「これ1回つかったら転職させなきゃ止まらないんだよねー………転職しない?」

「しない!」

転職の儀も厄介なもので発動者の魔力を介して光を発生させる為、この場合俺の手が常時光ってる状態になる。

しかも目に見える光を出すほどの術式に使う魔力もそれなりに大量なので…


「そちらに居ましたか」


音もなく店の入口が砕け散る。

そしてその先に経っている端正な顔立ちのメガネの女性、カルナ。

「おや?何故そのようなものと一緒にいるのですか?」

そのようなもの…?

「う、うるさい!…たまに人助けしたらこれかよ…………」

店員(?)が軽く舌打ちしながらボヤく。

彼女らは知り合いなのだろうか。

しかし非常にまずい。

なにがまずいって…

「なんで神官サマはこんなバケモンに追われてんのさ…!」

「いやぁ…なんでかな…」

「コイツ…『絶界』のカルナだよね…?」

いかにも、とカルナはお辞儀をする。

「私の事をご存知でしたか。」

「ご存知も何も有名人じゃんあんた…」


魔法を極めし者を賢者と呼ぶがその中でも大賢者と到れるのは本当に、本当にごくひと握り。

さらにその大賢者の中でひときわ優秀な4人は四界の賢者と呼ばれている。

カルナはその内の1人、『絶界』のカルナ。


「大人しくしていれば2人とも危害は加えません」

「捕まってたまるか…一か八か…」

何をする気かは分からないが彼女も捕まりたくない気持ちは一緒らしい。

それなら…


「しっかり捕まっててください!!」

俺は彼女を抱えて術式を唱える。

空間越え。本来賢者レベルにしか使えない術だが訳あって俺も扱う事が出来る。

ガラティアは広い。

取り敢えず街の中心と神殿に近いあの店から数十キロ程遠くにあるスラム街へ飛んだ。

しかし一番最初に目に入ったのはくたびれた様子の住民でも薄汚れた路地でもなく


「遅かったですね 大神官様」


「なんで俺より後に飛んだお前が先にいるんだ…?」

カルナだった。

普通空間を超える類の魔法の行き先を探知なんて1人じゃ不可能、なんなら今回俺は座標をズラしてしまい屋根の上に飛んでしまっているのにドンピシャで店内の俺たちの距離と同じになるように飛んできやがった。


「最前線を離れても2つ名までは返すつもりはありませんので…」

余裕綽々。

と言った様子でカルナはこちらを見る。


なるほど、一筋縄でいかないようだ…が、こちらもまだ手はある。

俺は片手を空に掲げ、新たに術式を展開させた。







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